「是空/ムック」レビュー | brilliant-memoriesのブログ

brilliant-memoriesのブログ

ドエルさんでもあり、V系好きのギャ男でもあり、60〜00年代の音楽好きでもある私がお送りするこのブログ。アルバムレビューや自作曲の発表、日常、ブログなどいろんなことをします!

「お久しぶりです。自身のアルバム制作や、バイト、友達と遊んだり、名古屋に遠征したり3月は予定がパンパンで、なかなかブログに手をつけられませんでした。」久々の今回は2003年発売のムックの3rdアルバム「是空」のレビューする回です。意外にもこのアルバムがメジャーデビュー後、初のアルバムリリースとなっています。ひっそりとメジャーデビューしたムックの今作には、今までとは確実にちがう部分が幾つか見受けられるということで、どのような世界が広がっているのでしょうか…!

 

アルバム「是空」のポイント

 

・これまでのムックはといえば、人間の負、内面的な感情を謳う姿でしたが、今回はその負の感情をパワーに換えて外面的に解き放っているのが最大の特徴ともいえるでしょう。勿論、前作から引き続き自身の絶望を謳った楽曲も収録されていますが、社会や人間に対しての「風刺、怒り、訴え」といった楽曲群が増えたのが印象的です。結果的に、これまでのアルバムと比べて絶望度数は濃くないですが、その代わりこれまで以上に私たちの内面に浮かぶ反発心を代弁してくれている感じがするのですよね。

 

・音色面にもかなりの変化が見られます。前作の7弦ギター、5弦ベースを使ったヘヴィなサウンドを使って今回はスラッシュメタルやハードコアといった新たなジャンルに挑戦している印象です。ライブ映えするこれらのジャンルも今後のムックの楽曲の中で度々登場する事になるので、ひとつの大きな出会いだったとも言えるでしょう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

青→シングル曲 黒→アルバム曲 赤→カップリング曲

 

1.「心奏」(作曲:ミヤ)

 

今作も始まりはインストから。ピアノとバンド陣を中心にブラス隊も華やかに彩るかなり洒落たジャズナンバーでございます。この懐かしさが沁みますね。中盤以降音が徐々に歪んでいき、私たち聴き手の心を表現している音楽で代弁している様な気がします。

 

2.「茫然自失」(作詞:ミヤ 作曲:石岡)

 

そして2曲目へ。前作までのヘヴィなサウンドを武器にハードコアを取り入れた楽曲となっております。攻撃力に全振りをしたギターとベースのユニゾンしたリフが印象的ですね。逹瑯もデスボイスに近い歌唱方法を取り入れており、本当にひっそりとでしたがメジャーデビューでしたが、その音楽性から新しい表現に挑んでいることがわかります。

 

歌詞はミヤが逹瑯に向けて書かれた歌詞となっているとのこと。どうしても「お前は全てを踏み潰した裏切った」の部分に目が行きがちですが、ミヤのアーティストとしての覚悟が綴られている気がしました。歌が歌えなくなるまで喉を酷使して歌えなくなってしまったのか、出さないキーを設定して歌えなかったのか、別の理由なのかはわかりませんが、歌を歌えなかった逹瑯に対して綴っているのが歌詞からわかりますね。

 

次のアルバムにはこの曲に対する逹瑯からミヤヘ対する返事を綴った楽曲が収録されていますが、その曲こそあの「過去最強」な楽曲になるという事実は…まだ知る由もありません。

 

3.「我、在ルベキ場所」(作詞:ミヤ 作曲:ミヤ)

 

6thシングルであり、記念すべきメジャーデビューシングルです。彼らのインディーズ時代の負の要素を凝縮した究極の楽曲。メジャーデビュー1発目にこれをシングルにするのは、かなり攻めた選択だと思います。メジャーデビューに当たり、口出しされて強制的に自己を封印してメジャー仕様の楽曲でデビューするアーティストも多くいる現状で、この曲を世に解き放ち、暗黒の世界に住むバンドとしての健在っぷりを見せつけたムック、この「いつものムック」の姿は、ファンも最高だったでしょう。カップリングでもあり、次の曲でもある「商業思想狂時代考偲曲」に綴られた「バンドの決心」が、この曲にカタチとなって現れている感じがしますね。孤独の主人公が自己の存在意義について問う歌詞には元々の孤独な人、孤独になってしまった人問わずに共感できる部分があったりと、自身も考えさせられる部分が多いです。

 

4.「商業思想狂時代考偲曲(平成版)」(作詞:ミヤ 作曲:ミヤ)

 

3バージョンでリリースされた6thシングル「我、在ルベキ場所」Cタイプのカップリング曲、「商業思想狂時代考偲曲(70's ver.)」のリメイク版。原曲はまさに70年代、フォークソングをイメージさせるスローで哀愁漂う内面的なアレンジが特徴でしたが、今回は平成版ということV系シーンを意識したスラッシュメタルに様変わり。疾走感というよりかは爆速という表現の方が正しいのでしょうか、脳が抉られるような迫力のある外面に解き放つようなアレンジを施したサウンド、そして元の歌詞も相まって全ての方向に研ぎ澄まされたナイフを突き出し回転しながら聴き手に襲いかかる危ない楽曲に生まれ変わりました。

 

音楽業界を真っ向から皮肉った楽曲であり、流行に流されて量産される楽曲やアーティストに中指を立て、更に商業的な理由によって本当に自分たちのやりたい音楽が出来なかったり、歌詞が規制されたりといったアーティストならではの叫び、そして自分たちの決心も歌われています。この楽曲にハマった方は是非、アルバムの初回盤に収録された楽曲「青き春」も聴いてほしいです。

 

5.「悲観主義者が笑う」(作詞:ミヤ 作曲:石岡)

 

「ある朝僕は死んでいた、悲観的な嘘と粉にまみれ」と連呼しながら本編へ。抉られるようなゴリッゴリでヘヴィな音圧とミクスチャー要素が色濃く出た楽曲であります。特にベースの音が異様に大きくミックスされている印象で、スラップや重低音で荒々しく攻める感じが堪らないです。聴く際には是非そこにも注目してみてください。

 

歌詞には、精神的にズタズタに殺されて再起不能になってしまった主人公が自分を殺した犯人=悲観主義者に対して吠えるリリックが炸裂。全てを奪っていった独裁者に対して、死んだ肉体の内面にて溢れる恨みを始めとした負の感情が舞い吹雪くこの世界は共感出来る人も多いと思います。インディーズ時代からムックの音楽を聴いている私たちは特に。楽曲面、歌詞面共に前作「葬ラ謳」の血を引き継いだ楽曲という感じがしますね、

 

6.「死して魂」(作詞:逹瑯 作曲:福安悟介)

 

YUKKEとSATOちの本名を合体したという面白い作曲クレジットの通り、リズム隊の2人による共作作品。「薄暗く複雑な展開で歌謡観全開のYUKKE曲」と「明るく突き抜ける展開でメタル観全開のSATOち曲」、正反対にも見える2人の要素が見事なまでに混ざり合って生まれた素敵な楽曲です。

 

歌詞は生きる気力を無くして所謂、「廃」になってしまった人間が自己の存在理由について考え、もがくというシチュエーションとなっており、「どんなに煌びやかに生きた人間でも、抜け出せない絶望的な人生を歩んだ人間でも、やがては死んで魂になる、そこは同じ」と読み取れる内容はある意味人生の核心を突いたような歌詞が心臓にグサりグサりと突き刺さりますが、こうやって割り切っていけば楽に生きれるのかもしれないという逹瑯からのメッセージなのかもしれませんね。

 

これ以降もYUKKEとSATOちは自身の楽曲の世界観を広め、中期からは作詞も始めるので、是非2人の共作作品をこれからも観てみたかったのですが、結果的に、この2人での共作作品はこの楽曲が最初で最後になってしまったのが残念です。

 

7.「双心の声」(作詞:逹瑯 作曲:ミヤ)

 

全てを歪ませまくった異質すぎるスローナンバー。逹瑯のヴォーカルにもエフェクトが掛かり、ハモリも気味悪く、更にはシャウトする為、いっそ不気味に。ラルクの「a swell in the sun」や、サザンの「通りゃんせ」の様な、かなりマニアックな世界観を連想させます。いつもとは違う別のベクトルの怖さを強調している感じがしますね。

 

歌詞は女性目線で描かれており、自身の深い愛を伝えようと迫りに迫るという聴き手をゾクゾクさせるヤンデレラシチュエーションを体験することができます。かつての「九日」を思い出させる楽曲ですが歌詞・曲の世界観共にこのアルバムの中ではかなり浮いている楽曲ですが、ムックってこんな楽曲も作れるんだという「驚き」こそが、(曲順的にも)このアルバムにおけるこの楽曲の役目なのでしょう。

 

8.「1979」(作詞:逹瑯 作曲:SATOち)

 

ここで、SATOちの新しい引き出し口、おしゃれなジャズナンバーの登場です。過去の歌謡メタルやメロディラインに見られる陽気さといったこれまでのSATOちの楽曲に現れていた特徴がジャズの要素に見事にハマっており、素晴らしい化学反応が起きております。サビの盛り上り具合が絶妙です。タイトルの「1979」はメンバー全員が1979年生まれというところから付けられたそうです。歌詞は自分たちが幼少期に持っていた小さな光を回想しながら、腐った大人になって目の前にただ浮かぶ「負」という現実から逃避を繰り返す現在の自分たちに対して現実見ろよと喝を入れる内容となっています。

 

9.「嘆き鳥と道化人」(作詞:逹瑯 作曲:上石井)

 

作曲クレジットが東京練馬区の地名となっており、ここまで来るとなんてありとニッコリ。正体は逹瑯とミヤの共作であるとのことです。4分の間に様々な展開を繰り返しているのがこの曲最大の特徴です。全体的にはゴリッゴリのサウンドをベースに、Bメロではデスメタルになったり、サビでは歌謡曲の香りがするメロディラインになったり、一気に静寂に沈んて拍が変わったりと最後まで何が来るのか分からないのがオモシロイですよね。

 

詩のような表現で書かれているのが印象的な歌詞には、なんと「堕ちて再起不能になってしまった主人公が現在地の鉄格子の中から飛び立とうと奮起する」という、出だしの状況こそネガティブですが、かなり珍しい前向きなリリックが印象的。前作収録「前へ」は解釈によっては前向きにも後ろ向きにも取れるリリックでしたが、この曲は素直に前向きなリリックは本当に意外でした。

 

因みに、2007年に発売されたムックのベストアルバム「WORST OF MUCC」にはこの曲の歌詞違いである「試験管ベイビー」という楽曲が収録されています。

 

10.「この線と空」(作詞:ミヤ 作曲:ミヤ)

 

ヘヴィロック、メタルといった荒々しい世界観にチャレンジしたが多く収録されている今作ですが、ここで疾走感のあるハードロックナンバーが登場。安心感のある王道ハードロックサウンドを培った迫力満点のサウンドで荒々しく駆け抜けます。音色面、そして展開的にもライブ向けな楽曲という感じがしますね。歌詞は夢を失い、生きる気力を無くしてしまった少年の最期が当たっております。この曲にも空に羽ばたけるようにという表現が出てくるのですが、こちらは先程の「嘆き鳥と道化人」とは状況が全く違い、死にたいという意味合いで使われています。

 

11.「9月3日の刻印」(作詞:ミヤ 作曲:ミヤ)

 

本作のハイライト。フォークソングを下地に形成された世界に力強いバンドサウンドが響き渡る人間の核心に迫りくるナンバーです。逹瑯の高すぎる表現力はこの手のスローバラード系になるとさらに覚醒するので、その迫力にただただ圧倒されます。終盤の語りはミヤが歌っているとのことです。タイトルは、このアルバムが発売された「2003年9月3日」にも関わっているのでしょうか。

 

歌詞は社会に殺されてしまった人間が、本来の目的を見失ってしまった時計仕掛けの社会、そしてそこに蔓延る腐った人間に対して訴える痛烈なリリックが炸裂。まさに、このアルバムの「これまでは内面的に歌ってきた負の感情を外に解き放つ」象徴的なリリックが心臓に突き刺さり辛いです。

 

この楽曲が世に解き放たれてから21年経つわけですが、、何も変わっていないのかもしれない、もっと悪化しているのかもしれない。この歌詞が今の時代にさらに強く突き刺さってしまうという現状に頭を抱えます。「大人達よ思い出せ〜」が心の奥底でこだまする日常こそが2024年の現代なのかもしれませんね。

 

12.「蘭鋳」(作詞:逹瑯 作曲:ミヤ)

 

いつもなら前曲のような楽曲がラストを飾りますが、本作の最後を飾るのはライブのド定番にもなっている疾走系ヘヴィロック。曲中はゴリッゴリの音圧と迫力のあるヘヴィなサウンドで進行していくのですがサビでは一転、開放的でキャッチーなメロディラインが印象的なナンバー。このサビのギャップにはこの楽曲の世界観とは遠い「爽快感」さえ感じてしまうのが不思議です。歌詞にはモザイクがかかっている部分がありますが、「犬畜生」と歌っております。

 

タイトルの「蘭鋳」(らんちゅう)とは金魚の一種であり、背鰭が無くずんぐりむっくりな体系であるのが特徴、高級金魚という高いブランド力を持ち合わせており、高値で売買されているようです。この曲は自身が性行為する女性を「蘭鋳」に例えて進行しているのですが、果たして「高級さ」にスポットを当てているのか「見た目」にスポットを当てているか2通りの解釈ができるのですが、解釈次第で世界がかなり変わります。

 

まず、「高級さ」にスポットを当てていると考えた場合、ここはソープランドである可能性が高く、お金を払ってソープ嬢の最上級な快楽を堪能しているシチュエーションと見ることができます。しかしながら、欲のままに求めすぎて自我さえも忘れ犬畜生に成り下がった自身を卑下する部分がまたいいですね。続いて「見た目」にスポットを当てていた場合、先ほど「蘭鋳」の見た目に例え、ずんぐりむっくりな体型の女性と性行為するというシチュエーションです。また、アプリでの写真は「ベタ」のような美しい女性だったのに実際に会ってみたら「蘭鋳」だった…というマッチングアプリを使った出会いの闇という、現代的な解釈もできます。

 

 

これまでの2作品は精神的に来る楽曲でトドメを刺して締まりましたが、今回は派手に暴れ散らかして終了したこのアルバム。これまでは内面的に表現していた負の感情を外面的に解き放った表現がとても新鮮でした。前後がある意味最強の2作に挟まれているので、どうしても霞んでしまう印象がありますが、ライブ定番曲が多数収録されていたり、今後の楽曲にも現れるメタルやヘヴィロックを極めていう過程が垣間見れたり…ムックの音楽性のターニングポイントといってもいいでしょう。このアルバムにも強い存在感があることが分かりますね。今回は「通常版」をレビューしましたが、このアルバムにはそれ以外に、「初回版」と「通常版初回プレス」が存在しております。「初回版」にはDVDが、「通常版初回プレス」にはボーナスCDが付いておりまして、そこには「青き春」という楽曲が収録されています。

 

さて、次回はこれまでの内面的な要素に今回の外面的な要素が入り乱れた色々な意味で過去最強なアルバムであり、初期ムックの集大成とも言われているあの「朽木の灯」を遂にレビューしようと思います。よろしくお願いします!