なのになぜ人は、自分を知りたくなり、人から教わろうとしたり、自分で探したりするのだろう?
最初は、見えないものを視る力があるとか、自分をとことん知る学びを極めた人ならわかるけれど、私はそこまででもないし、だからこそ学ぼうとするのかな、と最近まで思っていました。
でも、それは私の勝手な解釈に過ぎないと気づきました。
おそらく、自分を完全に理解できるのは、最期の時だけなんじゃないかなって。
だから生きている今、この瞬間に起きていることに身を任せ、これまでに心の奥底に押し込められている思いは無数にあって、
だから自分しかわかるわけもなく誰にも完全には理解できず、忘れられたり気づかぬうちになかったことにもなってたりする。だから外側にそれを求めても誰かが解決とかすることはできなくて、自分にしかそれを本当に癒すことはできなくて。
だけどそれを時折、人からふとした刺激や言葉から気づかせてもらうことで気づけたり、「なぜ?こんなにつらいのかな?」とふと悩むこともあって。
だけどそうやって自分だけでは気づけないことを周りがいろんなカタチで伝え教えてくれていて、それに気づけてあげて自分で受け止められる事が出来た時自分の本当の癒しがやってくるんじゃないのかなって。
だからこそ、人は一人じゃだめで、自分以外の誰かと関わることで、器を広げながら成長していくのだと思います。
例えば同じ占術の占い師でも、解釈や読み方が全く違うのはそのため。
よくいう比べる必要はないとはこのことで、この前書いたサッカー選手と野球選手との例えと同じでそもそも得意が違うが同じ競技にでてるイメージ。
だから自分の「ある」をそのままに、使命を丁寧に生きれば、最高に楽しい日々を送れるんだと。
それと、人からの評価や印象の一部が、すべてが自分ではありません。
「〇〇さんは〜な人」と言われても、それはあくまで一面。違う一面を見せたって構わなくてあなた自身でいたらいいと私は思います。
例えば私の場合、
たくさんの人と過ごすのが楽しい自分
静かに一人の時間を大切にする自分
少人数で心が通じる会話を楽しむ自分
旅が好きな自分
相反しているこれらすべてが私。
「あなた」もいろんな面があるのがあなただと思うのです。無理に一つのキャラクターになろうとせず、笑わせるのが好きな自分も、人見知りで静かに過ごしたい自分も、全部大事。
人が求めるものを、自分も必ず欲しいとは限らない。
私は自分が納得することを最優先にするだけ。
それでいい、と自分が腑に落ち思えたとき、自然とお客様にも「あなたはあなたでいいんだよ」と伝えられるんじゃないかとも思うから。
私にはない素敵なものを、お客様は持っていらっしゃる。そして私にそれを気づかせてくださっています。
逆に私に会うことで何かしらの気づきを感じてくださってるのかもしれません。
そのすべてが、あなた自身。
だから、ありのままのあなたでいていいんです。
一度だけの今を大切にしたいですね。
今日も素敵な1日をお過ごしください。
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