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27歳脳出血のしあわせ家族@0歳育児楽しみ中!

育休中のリーマンパパの書くブログです。
妻が20代後半で脳出血(AVM)を発症したことを機に結婚。
現在は妻さん、娘さんと関西で3人暮らし。
飽き性の私でも結婚3年目に突入!
主に障害や育児について思うこと、
実体験ベースの円満夫婦生活の秘訣などを発信します。

 

こんばんは。

連投が止まらない男、明るい日本男児です。

 

今日は休みということもあり、記事を書き続けられているのですが、『妻さん発症時の話』とは別の日記的な話も最後に投稿します。

 

 

今日は12月25日。

 

私たち夫婦にとって25日というのは特別な意味を持っています。

 

まず、二人が出会ったのが4月25日。

合コンした日ですね。

 

次にお付き合いを始めたのが、6月25日。

 

 

そして入籍をしたのが翌年の12月25日。

 

 

そう。

 

今日は私たち夫婦の結婚記念日なんです。

 

 

世間の情勢を鑑みたのといろいろな事情で、今年は自宅で結婚2周年を迎えました。

 

妻さんは外へお出かけしたかったようで、しきりに家でもクリスマスっぽいことがしたいとボヤいていました。

 

 

それを聞いて私は夕飯の買い物帰りに何か出来ないか考えたところ、サンタの恰好をして花束をプレゼントするという粋なことを考え付くのです。

本当、サプライズの神が降りてきました。

 

しかし、時間も時間で用意も全くしていなかったので、近所の行きつけの花屋さんに行き何とか花束を用意。

突然のオーダーにも関わらず笑顔で花束を作ってくれた花屋のお兄さんに感謝です。

 

 

後はサンタの服を買うだけ。

服と髭は買えたのですが、何故かどの店を探してもサンタの赤い帽子だけありません。

帽子だけ別に需要があるのか?

 

 

仕方なく、帽子がない状態でサンタに着替え、雰囲気を出すため部屋の照明を暗しくして妻さんを部屋に呼びます。

扉が開いた瞬間に花束を渡すサプライズ!

 

部屋が暗かったので、花束はよく見えなかったと後から聞いて若干ショックでしたが、感動のあまりその場で妻さんは号泣。

 

ダイソーで買った布としての耐久性は皆無なサンタの衣装に妻さんの涙や鼻み…

色々なものが吸収されます。

 

これだからサプライズはやめられません。

 

 

恥ずかしくて直接言うことが出来なかったのですが、妻さんのおかげで私という存在は成り立っているので、本当に感謝しています。

 

改めて妻さんとずっとそばに居たいと思える1日でした。

 

 

ほとんどのろけですみません。

次回は『妻さん発症時の話』の続きを書きます。

 

 


こんばんは。

明るい日本男児です。

クリスマスということもあり、連投。

この後もう一つ記事をアップする予定です。

↓前回はこちらから。

 





妻さんが手術室へ向かった後、私は手術が終わるまでそのまま病院で待つことにしたのですが、今思おうと朝から何も食べておらず、また満足に寝ていないことに改めて気が付きました。

とりあえず何か買って来ようかと妻さん母に伝えた後、私はひとりで病院に併設されているファミリーマートへ向かいました。

品ぞろえも豊富で、適当なおにぎりを2つほど買い、いざ食べようと思っていたのですが…。

正直手術の結果もわからないまま、おにぎりを食べる気にもならず、すぐには食べないことに。

結局喉を通ったのは夕方16時ぐらいになってからだったような気がします。


手術が終わるまでは妻さん母と手術室の前にある待合室で待つことに。


妻さん母が言うには、妻さん父は仕事のため到着が夜になる。
その他の親戚は順次来るとのことでした。

了解の返事をする私。

しかし当然といえば当然なのですが、これ以上何と声をかけてよいかわからない上に、そもそも世間話とか話しかけていいんだろうかと躊躇逡巡。


結局一言、二言ほど言葉を交わした後、お互い無言になり、そのまま他の家族の到着を待つことになりました。

ちなみに書き忘れましたが、手術は5時間を予定していました。






時間が経ち、徐々に妻さんサイドの親戚や家族が集まってきました。

まず来たのは父方の叔母様と、次に来たのは母方の叔母様夫妻。
これら3人に対して私は完全に面識がなかったので、「初めまして。」の状態でした。
まさかお互いこのような形で初対面を迎えるとは夢にも思わなかったでしょう。

最後になり、妻さん父も到着し私も含めて6人で手術が終わるまで待つことになります。


親戚一同が集まったとはいえ、会話などもほとんどなく、ただ待合室の中で空虚な時間が流れました。

手術中は当然進捗の報告もなく、どうなっているのか何もわからない状況。


問題なく、手術は手筈通り進んでいるのか?

それとも予期しないことが起こっていて手術時間が伸びるのか?

など考えても仕方のないことが心の中でぽつりぽつりと浮かんでは消え、また浮かんだりと繰り返しでした。



長い…。

いや本当に長いんです。
一瞬一瞬がとても長く、こんなに時間とは長いものなのかと驚きました。



何か答えを求めようにも時計の秒針だけが無情にも時を刻み続けて、それ以上何も答えてはくれません。


途中その張り詰めた空気に耐えかねた私は度々トイレに席を立ち、気分転換をすることで何とか平静を保っていました。
私だけ他人なので若干アウェイですしね。


本来手術の時間は5時間のはずなので、18:30には終わるはずだったのですが、
19時を回っても、20時に差し掛かろうとしても、一向に手術が終わる知らせがありません。

流石に心配になった一同の空気を察してか、妻さん父は進捗を確認しに行き、まだ終わっていないとの事実だけ確認し、また全員で待つことになりました。




そしてようやく主治医の初老の先生が現れ、手術が無事に終わり、今のところ命に別状はないとの報告を聞くことが出来ました。

本当、生きた心地がしませんでしたよ、先生。


それを聞いた途端、拍手とまではいきませんが、全員の思いが通じた結果というか何か全員がやり切った気持ちになり、一気に場が明るいムードになり一安心したのを覚えています。


実に手術時間は7時間半。

妻さんはようやく生を掴み取ったのです。



その後は時間も遅いということもあり、病院近くのファミレスで親戚に交じり食事をして解散したのを覚えています。

まだ婚約もしていないただの彼氏という立場でしたが、家族の一員として手術成功を喜べたのはとてもうれしい思い出です。


術後はしばらく眠っているとのことだったので、翌日また妻さんにはICUに行き会う予定となり、その場は解散となりました。

6月とはいえまだ肌寒さが残る中、私はというと半ズボンに半袖1枚、靴下を履かずにスニーカーを直穿きし、寝間着姿の状態。

とにかく疲れていたのと手術成功で緊張の糸が切れたため、足早に帰路につきました。


長い長い1日がようやく終わった瞬間でした。


翌日、ICUへ妻さんに面会しに行くのですがそこで驚くべきことがあったのです。
もうちょっとだけ続きます。
 

 

↓続きはこちらから。

 

 

こんばんは。

明るい日本男児です。

 

世間はクリスマスですね。

 

前回の続き、手術を告げられたその後を書いていきます。

 

↓前回はこちらから。

 

 

 


手術ということを聞きましたが予定は13:30ぐらいからとのことで、まだその時まで時間がありました。

 

それまでに私はひとまず、妻さんの勤め先である病院の電話番号を調べ、妻さんが物理的に出勤できないことを伝えると、「担当に伝えておきます。」とのこと。

 

連絡中も妻さんの携帯にはひっきりなしにラインなどで連絡が来ているようですが、ロックを開けない以上、返信する術はありません。

 

 

他県に住んでいる妻さん母が病院に到着したのは、手術が必要と告げられた1時間後ぐらい。

時間にしておよそ午前11時ごろだったと思います。


体感としては一人の時間が長かったので、3時間ぐらいに感じました。

 

 

妻さん母とは一度面識はあるものの、とりわけ話をする間柄でもなかったので、最初は軽い会釈をしただけで、あとは手術が来るのを座ってじっと待っていました。

 

そして、ようやく手術が始まる少し前のタイミングで、先生から手術の概要やリスクについての説明、そして山のような手術に関する同意書に署名・押印をする作業をすることとなります。

本来は家族しか聞けない説明でありましたが、妻さん母は私が入ってもいいように取り計らってくれ、一緒に説明を聞くことが出来ました。

 

 

先生曰く、脳出血が起こった箇所が小脳という部位であり、現在は出血が原因で水頭症(頭に水が溜まる状態)になっているため一刻も早く手術をしないと命に係わる状態であるとのこと。

 

そして手術の際に生じうる可能性のあるリスクについての説明(詳細は忘れましたが、結構怖いことも言われた気がします)、輸血に関する同意書など、私は家族ではないので妻さん母がひたすらにサインをしていました。

 

結構その作業に時間がかかるので、私はその間自分の職場へ今日は欠勤する旨を連絡。

そして自分の母親にも手術することになった旨を説明。

 


母親は「妻さんなら絶対大丈夫。」と私を励ましてくれ、。またしてもその言葉に涙…。


今日1日でどれだけ泣くねん…って感じですが。笑


母さん、あの時は本当にありがとうございました。

 

ともあれ、手術前に妻さんに会ってよいと先生のお言葉があったので、妻さん母と処置室にいる妻さんに会うことになりました。

 

処置室に入るとそこには妻さんの変わり果てた姿が。

 

身体中にいろいろな器具やチューブが取り付けられ、心電図?みたいなものが数字とともに波形で映し出されていました。


妻さんも意識はなく、目を閉じて眠っています。

 

心に来るものがありましたが、妻さん母は娘の変わり果てた姿に動じることはなく、ひたすらそばに居て手を握っていました。


どんな心境だったかと思うと計り知れません。

 

私も反対の手を握り返し、「絶対大丈夫。」と何度も話しかけ、手を離し、手術に向かう時がやってきました。

 


運ばれる途中まで見送り、「絶対大丈夫。」と自分に言い聞かせて、妻さん母とともに待合室で待つこととなりました。

 


 

長くなりそうなので、一旦ここで切りますが続きます。

 

↓続きはこちらから。

 

 

こんばんは。

明るい日本男児です!

 

更新が遅れてしまいました。

 

ようやく救急車を手配したその後の話です。



↓前回の内容はこちらから。



 

 


 

救急車を待っている間、正直私は何をしてよいのかわかりませんでした。

 

が、涙ながらにも、おそらく私も妻さんと一緒に救急車に乗るであろうことは予想していました。

 

とりあえず、妻さんがパジャマのままなので、着替えさせようと思い、服を脱がせようと試みていると、

あることに気が付きました。

 

 

パジャマがずぶぬれになっている…。

 

失禁している。

 

妻さん、朝方何か訴えていたのはトイレに行きたかったからなんですね。

なんで連れて行ってやらなかったんだろうとまたしても後悔…。

 

とりあえず、寝て動かない状態の妻さんをどうやって服を着替えさせようか試行錯誤していたところ、

脱がせる前に救急隊が到着しました。

 

いそいでマンションのオートロックを解除し、隊員の方を部屋に迎え入れます。

 

当然、私は半ズボンのジャージに半袖のTシャツ1枚という寝間着姿。

 

救急隊員の方が妻さんに向かって、「大丈夫ですか?」と声をかけました。

 

が、妻さんは一切反応しません。

 

その後何度か質問を繰り返し、目の瞳孔なども確認した上で「いったん搬送します。」との話になり、

救急隊の方が3人がかりで妻さんをタンカに乗せ、住んでいたマンションを後にしました。

私は終始焦っていましたが、救急隊の方はとても落ち着いており、さすがだなと思いました。

 

乗り込む前に、私は何をもっていけばいいか聞いたところ保険証を持ってくるようにとのこと。

保険証が妻さんのいつも使っている黄色い長財布の中にあるのを確認し、妻さんの財布と携帯、

そしてそれらを自分のリュックに詰め込んで、とりあえず救急車に乗り込みます。

 

そのときは朝方で、妻さんの家も大通りに面しているマンションだったため、

朝の通勤や通学の人たちからは「何だ?何だ?」という目線で見られましたが、それどころではないのでさっと救急車に乗ります。

 

とりあえず、救急車が動き出してから私は自分の職場に電話。

彼女が今緊急搬送されているので、仕事に行けるかわからないことと、間違いなく遅刻する旨を報告しました。

 

搬送中の妻さんは相変わらず意識はありませんでした。

口には酸素マスク?が当てられ、指先や手にはよくわからない器具がつけられており、本当、医療ドラマなどでよく見る光景でした。

 

ここで私は、妻さんの職場にも連絡する必要があると思い、妻さんのiphoneの画面ロックを解除しようと試みますが、パスワードが分からず解除ができません。

指紋認証で何度か試したのですが、最終的にうまくいかず、パスワードを入れないと開けないようになってしまいました。

 

そうこうしているうちに、病院に到着。

 

ここが本当にドラマのワンシーンみたいで、まず病院につくと救急車の中から、白衣を着た医者らしき方と、防護服?を着た別の救急隊の方、ナース服を着た看護師さんが待っていました。

 

止まるとすぐに妻さんを別のタンカーに乗せ、手際よく別のタンカーに移され、処置室に移動されます。

 

着くなり、私の個人情報と妻さんの個人情報についての内容を記入する用紙を渡されるのですが、

妻さんの名前、生年月日、住所まではなんとか書けるものの、病歴や持病についてなど全くもってかけるところがありません。

そして当然といえば当然なのですが、記入している人と妻さんとの間柄を書くところには「彼氏」と書き、いろんな病院の方に「彼氏です。」と説明します。

 

彼氏だと家族ではないので、詳細の説明はできない可能性があることを伝えられ、一旦処置中は

私は部屋の目の前にある長イスに座って待つようにとのこと。

 

 

早朝なので、私以外に待合室にいる人はおらず、少し離れた受付にさっきの受付の方が一人みえるだけ。

最初はただ待っていましたが、段々心細くなり、少しうろうろしようとしたところ、処置室の扉が開き、タンカーに乗った妻さんが別の場所へ移動していきました。

 

おそらく何か進展があったのか?これで助かるのかも?と淡い期待を込めていました。

 

そうしてしばらく待っていると今度は妻さんが運び込まれたときよりもさらに大量の器具がいろいろなところにつけられた状態で、再度処置室へと入っていきます。

 

素人目から見ても明らかに重傷であることがわかりました。

 

私はここで、ひとりの心細さということもあり、声を殺してその場で泣き崩れてしまいました。

 

 

何故、昨日の時点でもっと早くに救急車を呼ばなかったんだろう。

 

何故、夜中でも両親に電話して様子がおかしいことを相談しなかったんだろう。

 

何故、話すスピードがゆっくりになっていた時点で様子がおかしいと気がつかなったんだろう。

 

呼ぶのが遅かったから、重症になってしまったんじゃないのか?

 

と後悔の念が溢れてやまないのです。

 

 

そうしているとその状況を見かねてか、ひとりの看護師さんが私に声をかけてくださいました。

 

「あなたは悪くない。遅かれ早かれ起こっていたことですし、今こうして通報できたのがよかった。」と。

 

「あ、ありがとう…ごじゃいます。」と鼻も詰まっているので声にならない声で応答する私。

 

しかしその言葉のおかげで少し平静さを取り戻すことができ、看護師さんも処置室へ戻っていきました。

 

 

そうして1時間くらい経った後でしょうか。

初老の担当医師である先生が処置室の扉をがらりと開け、今の状況を簡潔に説明してくださいました。

 

「詳しくは言えないけど、小脳が出血しているのでこれから手術をします。」

 

そう一言だけ告げてまた処置室の中へと戻っていきました。

 

手術…。

 

もはやドラマの中ではなく、現実として自分の置かれている状況を理解し始めます。

 

しかしまだ受け入れることが出来ていません。

 

まだ誰もこの場にはいないし、家族でもない自分が何かを決定出来るわけでもなく、ただただもどかしく、不安な気持ちで押しつぶされそうでした。

 

ここから私のさらに長い1日が始まるのです。

 

続きます。

 

 続きはこちらから↓



 

 

 


こんにちは!

明るい日本男児です。


今日は小休止で、前回から書いている『妻さん発症時の話』とは別の内容になります。

日常系の昨日あった出来事です。

私は趣味で、テラリウムやアクアリウムをしており、

今はそれらでメダカ(久保楊貴妃)とベタ(クラウンテール)を飼育しているのですが、

最近どうしても新しく飼いたい生き物がいるのです。



それが…



クランウェルツノガエルです。
(苦手な方もいると思いますので写真は控えました。気にある方は検索してみてください。)

いわゆる蛙ですね。

事の始まりは私がよく行く近所のコーナンのペットコーナーでたまたま売られているのを見つけ、「何コイツ!可愛い!」と思ったことです。
 

だって、ぷにぷにの肌にまだらな紋様、身体の半分よりも大きな口、土に埋もれて目だけを出している姿…
どれをとってもたまりません。

しかも、行きつけの植物ショップの店員さんもすでにそのクランウェルツノガエルを飼育しており、

写真も見せてもらったんですがそれがまた愛らしい…


ただ、妻さんに飼っていいか少し前に聞いたところ、

「絶対嫌」

と即答。

さらに、「もし飼ったら怒る?」と聞くと、

「怒る」

 

とのこと。

「こりゃダメだ。諦めよう」と思い、そのときはそれ以上何もしていなかったのですが、

気がつけば、クランウェルツノガエルの生態や冬場の育て方についてGoogle検索をしている自分がいました。
無意識下で行うこととはいえ、人の執念とは恐ろしいものです。


そして昨日。
どうしても気持ちを抑えきれず、飼うまでは行かなくても一目蛙に会いたいとの思いから

、仕事帰りに行きつけのコーナンに寄って帰宅することにしました。


その分帰りが遅くなるので妻さんにその報告を事前に電話でしたところ、

 

「絶対に買ったらあかんで!」(妻さんは関西出身です、ちなみに私も)と念を押され、了承する私。


目当ての蛙くんには「連れて帰りたいけど、連れて帰れんでごめん。」と話しかけながら(今思うとちょっと怪しい奴ですね)、

そのまま買わずに帰宅。

妻さんが先に家に帰っていたのですが、帰るなり「おかえり」のトーンが明らかに不機嫌です。



???


私「具合悪い?」
妻さん「悪くない」


私「…怒ってる?」
妻さん「ちょっと怒ってる」


何故??

理由を聞くとどうやら、私がその蛙を買ってしまわないかとても不安だったとのこと。
そして、何故か理由はわからないが蛙を飼うのは絶対に嫌だとその場で号泣されました。

突然の号泣に戸惑う私ですが、一瞬で切り替えて早急になだめるこので何とか事無きを得ました。

妻さん、そんなに蛙嫌だったのね…。ごめんなさい。

飼いたい気持ちは正直まだありますが、今は携帯の待受画面をカエルにして満足することとします。
何より妻さんの心の安定が第一です。

まさに蛙(カエル)を買わず(蛙)、帰る(カエル)ことで見返る(事無き)を得た1日でした。









ちなみに…、もし内緒で飼える方法があればどなたか教えてください。