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27歳脳出血のしあわせ家族@0歳育児楽しみ中!

育休中のリーマンパパの書くブログです。
妻が20代後半で脳出血(AVM)を発症したことを機に結婚。
現在は妻さん、娘さんと関西で3人暮らし。
飽き性の私でも結婚3年目に突入!
主に障害や育児について思うこと、
実体験ベースの円満夫婦生活の秘訣などを発信します。

 

こんばんは。

 

明るい日本男児です!

 

初めましての方はこちらに自己紹介を載せておりますので、よろしければご覧ください。

 

 

表題の件ですが、昨日(正確には日付の変わったばかりの今日)妻さんに言われてしまったことを書きます。

 

それは「最近の記事の内容は書きたいことを本当に書けてる?」とのことです。

 

 

アメブロを続けているとどうしても気になってしまうのが、アクセス数や訪問者数です。

 

不定期ではありますが日々更新をしていると、気が付けばアクセス数はたくさん増え、自分でも驚くぐらいになっていました。

 

 

そしていつしか私は多くの人にこのブログを知ってもらいたい!という気持ちが先行して、いや先行しすぎて、

どうすればアクセス数が増えるのかばかり考えてしまっていました。

 

つまり書きたい内容よりもアクセス数が稼げそうな内容は何かを考え、本来考えていたことを十分に書けていない自分がいました。

 

しかし、私はせっかく見つけた新しい生き甲斐であるこのブログをやめたくないし、立ち止まりたくないと思っていたので、

妻さんに指摘されてから正直に受け入れることが出来ず、昨日は若干もやっとした気持ちで眠りにつきました。

 

 

今日も新年一発目の仕事でしたが、割と暇だったので休憩時間に自問自答を繰り返し、答えが出ず、さらにもややっとした状態でした。

 

 

でも珍しく残業が少なくて家に帰って妻さんが涙目で私が早く帰ってきたことに喜んでいる様子を見て、自分の書きたい内容はやっぱこれやなと思いました。

 

※いつも残業は遅い時で家に着くのが0時前なので、今日はかなり早い。

 

 

書く内容に感動がないと自分自身が面白くないし、何より読み手の人に届かないので。

 

ブログを始めたときの純粋な気持ち。

 

これをしっかり持ち続けて今後も更新をつづけようと思います。

 

 

最後に、私は学生時代、ある組織に所属しており、そこで数字目標を持つことに対してすごく疑問を持っていた時期があったのですが、そのときの指導者が言っていた言葉を思い出しました。

 

 

 

「数、数に非ず、これを数という。」

 

 

解釈は色々あるかと思いますが、皆様はどう思われますか?

 

 

私はおいしいラーメン屋さんは宣伝しなくても、気が付けば人がいっぱい並ぶような、そんなブログにしたいと思っています。

 

 

以上、明るい日本男児でした。

 

 

 

 

 

 

 

こんばんは!

 

夜ですが、明るい日本男児です!

寒さが本格化してきましたね。

 

初めましての方は↓に自己紹介の記事を貼っていますので、よろしければご覧ください。

 

 

 

 

本日は大晦日…。

 

今年はコロナの影響もあり、ステイホームで年越しを迎える方も多いのではないでしょうか?

私はというと、妻さん親戚から頂いた芋焼酎をお供にブログを書いています。お湯割りが美味しい…。😋

 

 

私は毎年、年越しに放送されるガキ使の「笑ってはいけない〇〇」を観るのが大好きで、今年も見たいなーと思っていたのですが、

ある重大なことに気が付きました。

 

 

 

 

テレビが映らない。

 

 

というか、テレビ自体を引っ越してから一度も見ていない。

 

※引っ越したのは約3か月前です。

 

 

引っ越す前の家ではもちろんテレビは映っていたんですが、この家に引っ越してからはテレビ線やアンテナなどをそういえば何も準備していません。

特にそれで不便も感じなかったので全く気づきませんでした。

 

妻さんもテレビを観たそうだったので、さっそく引き出しの奥に大事にしまってあったアンテナを引っ張り出して、テレビにつなぎ、チャンネルを合わせます。

 

が、上手く映りません。

 

一瞬だけ、画面が映ったり音声が聞こえたりするのですが、どうやらアンテナの場所が悪いのか映らない。

 

電源コードが許す限りアンテナを持ちいろいろな場所で試した結果、何とコードの長さがギリギリのなんとも言えない窓際で綺麗に映ることが発覚しました。

 

手に持ったままだと、私は”アンテナ持ったままおじさん”となり、時給0円で働く羽目になってしまうので、そのまま床に置いてみたのですが、それだと何故か映らないんです。

 

仕方なく近くに置いてあったワンピースの単行本を何冊か重ね、ちょうど良い高さに置くことで、ようやくハンズフリーでも映るようになりました。

 

妻さんからは拍手。謎の達成感。

 

しかし、その後妻さんがチャンネルを変えた後にまた映らなくなったようだったので、あきらめてYou Tubeを観ていました…。

妻さん、申し訳ない。

 

 

ちなみにですが、テレビがそんな状態なので私が得る情報は基本ネットのyahooニュースか人から聞いた話。

それか仕事で業務上知った話ぐらいです。

 

だから、「最近流行っている曲って何がある?」との同僚からの質問に、瑛人さんの「香水」と答えると、「それ古くない?」と言われちゃうわけですね。

ガッバーナ…。

 

 

 

ともあれ、今年は妻さんも私も特に大きなこともなく、無事に1年を過ごすことが出来ました。

関わっていただいたみなさま本当にありがとうございます。

 

先ほど、年越しそばを食べながら、今年1年を2人で振り返っていたのですが、

私が今年の中で嬉しかったこととして、このブログが誕生したことや自分の将来の夢が出来たことを伝えました。

 

 

将来の夢については↓以下に書いています!

 

 

 

妻さんがAVMによる脳出血を発症してすでに2年半経過していますが、再発や後遺症による二次被害?などもなく、今年も平和に過ごすことが出来ました。

 

私の所見ではありますが、妻さんは脳出血以来、構音障害を抱えることとなったので、当初話すスピードが発症前と比べ半分以下になっていました。

しかし、日々本当に僅かではありますが、話すスピードも以前に近づいていっているようにも思います。

 

そして大好きだった歌うことも発症直後からはしばらく遠のいている時期もありましたが、今では家にいると妻さんの鼻歌や歌い声が自然と聞こえてきます。

時間がすべてを解決するとまでは言いませんが、ここまで回復したのも本当に周りの支えがあってこそだと思っています。

 

 

そして何よりこのブログが書けるのも妻さんの存在あってこそなので、本当に妻さんは私という人間を成長させてくれ、私にとっていなくてはならない存在なんだなと改めて思いました。

 

 

来年ももっと多くの方に私たち夫婦のことを知ってもらい、たくさんのしあわせを届けよう!と思っておりますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。

 

 

みなさま、よいお年をお迎えください。

 

以上、明るい日本男児でした!

 

 

おはようございます!

明るい日本男児です。

 

いつも読んでいただき、ありがとうございます。

 

ブログを始めてはや3週間ほど立ちますが、正直ここまでたくさんの方に見ていただけるとは予想していなかったので、

とてもうれしく思っています。

 

そろそろプロフィール画像も設定しなきゃですね…。

 

 

さて、表題の通りですが結論から書くと、妻さんはこのブログの内容をがっつり読んで内容を知っていたことが先日発覚しました。

 

 

そもそもこのブログは私の個人が特定出来ないように匿名性を武器に書いてきました。

夫目線での妻さんの日常や思ったことをありのまま綴ろうと一念発起し、ブログの世界で右も左もわからない状態からのスタート。

 

書き始めた当初は妻さんにはこのブログの存在は伝えていませんでした。

 

思惑としては色々ありますが、ありのまま私が書きたいことが書きにくくなるのではという懸念が一番でしょうか。

同じ出来事であっても、妻さんから見た事実と私が見た事実に相違がある可能性がありますからね。

 

ちなみにこのブログを始める1年程前、実は仮名で「27歳脳出血のしあわせ夫婦」というタイトルですでに書き始めていたのですが、

そのときは妻さんに内容を添削してもらい、アップするという方法を取っていました。

 

が、1日でやめてしまいました。(3日坊主でもないので、1日ハゲですね。)

理由としては結構な添削(修正)が入ることに面倒になったのと、記事を上げるスピード感が圧倒的に遅かったことです。

また、そのときはアメブロではなく、別のブログサイトで書いていたのですが、書きにくかったというのも大きな理由です。

 

 

話を戻します。

 

同じ屋根の下で暮らす者同士ということと、私の黙ってはいられない性格上ブログの存在を隠し通せるはずもなく、ブログを始めていることは割と早い段階で妻さんに伝えてしまいます。

始めて一週間も経っていなかったと思います。

 

 

で、そのときに「検索してこのブログが出てきたら読んでもいいよー。」って一言添えたそうなんですが、

私自身そのことが全く記憶になく、完全に忘れていました。

 

むしろ存在を知るだけにとどめてほしいので、「読まんとってね。」って伝えた気が…。

 

 

ともあれ、私はブログのことを妻さんが知らない体で書き続け、妻さんはアップされたら記事を読むという日々が続きました。

 

そして先日、妻さんとこのブログの展望や将来の仕事について話していたときに、ぽろっと、

 

「私、実は全部読んでるねん。感想は言わんけどな。」と一言。

 

 

「え?そうやったん??」

 

と頭が一瞬真っ白になり、動揺する私。

 

 

個人的には「蛙論争」が一番デリケートな話題だったので、正直やべえと思ったのですが、

見られてしまった以上は仕方がないと気持ちを切り替えました。

 

↓蛙論争の記事についてはこちらを参照。

 

ただ、蛙を飼うのはすでにあきらめていますので妻さんご安心ください。

 

 

何より「感想は言わない。」と言ってくれたことが唯一の救いです。

 

その言葉を頼りに今も更新が続けられています。

 

でもいつかはお互いにこのブログを通じてお互いが納得のいく形で発信出来たらいいなとも思っています。

 

 

 

 

大晦日である明日だけ私は仕事休みですが、年末年始、それ以外はがっつり仕事。

妻さんは世間通り連休です。

 

少しすれ違ってしまっていますが、この時間を生かすためせめて妻さんに何かしてもらおうと思い、

ブログでも書いてみたら?と提案しています。

 

 

まだ返事はもらえていませんが、いつかこのブログに妻さん本人が登場することもあるかもしれないですね。

 

 

 

以上、明るい日本男児でした!

 

 

 

 

 

こんばんは。

明るい日本男児です。

 

かねてより書きたかった『妻さん発症時の話』をようやく書き終えて、達成感に包まれています。

 

 

↓最初はこちらから!全1~8回です。

 

 

特に書き溜めなどはしていなかったので、当時のメモや写真、動画を見返して、感情も思い出しながら書き綴っていました。

 

正直書いていて当時の状況を思い出すのが辛くてタイピングする手が止まったことや、涙が出そうになったこともありましたが、

一度書いた以上、書き終えなければと謎の使命感に燃え、何とか書き終わりました。

 

 

書いた後に思ったのですが、記録に残すことはとても大事。

そして何より今こうして幸せな状況が一番大切なんだと改めて実感しました。

生きているって本当に素晴らしい…。

 

 

そして書き続けることで見えてきたものもあります。

 

それがタイトルにも繋がって来るわけなのですが、

私はAVMの当事者や当事者を支える家族同士が何らかの交流を持てる場を作りたいです。

 

 

どういった形でするのか。

 

どこまでの当事者が含まれるのかなど。

 

具体的なことはまだ何も決まっていませんが、とにかくブログを書いていて、作ってみたい!!!!と強く思った次第です。

 

 

AVMが原因の脳出血を発症された方は少なくともリアルの私の周りにはひとりもおらず、探し方がマズかったのか当時ネット上でもあまりお見掛けしませんでした。

 

でも、ブログを始めることで意外にも、AVMが原因で脳出血をされた方がブログで自身のことを発信されていたこと。

それを知り、ひとりじゃないと思えたこと。本当に大きいです。

 

 

そして、妻さんが発症した当時、当然ながら私はとっても悩んだ時期もあります。

これから一緒にいてもいいのか、いるならどのように支えていけばよいか。

どのように関わっていけばよいかなど様々です。

 

正直、関わり方については今も悩むこともあります。

 

 

辛いときは頼りになる親友や両親、周りに相談すると楽になる。

 

でも…、

 

同じ境遇の人同士が手を取り合えばもっと楽になるし、普段から気持ちの面でもお互いの存在そのものが支えになるんじゃないかな?と思いました。

 

 

AVMがあっても、当事者や家族が自身の悩みを素直にシェアし、それを聞いたみんながそれについて真剣に考え、時には雑談もしながら笑いあう。

 

そんなイメージが湧いて頭から離れません。

 

 

脳出血があって、後遺症があっても幸せになれることを証明したいです。

 

 

以上、本気でそんなことを考え付いたので衝動的にこの記事を書きました。

 

まずはひとつひとつ焦らず、みんなが笑い合える日を目標にスピーディーに動いていきます!

 

今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

おはようございます!

 

明るい日本男児です。

 

連載している『妻さん発症時の話』ですが、一旦今回をもってこのシリーズは完結します。

 

この後としては『妻さん入院時の話』や『妻さんとの結婚1年目の話』(仮)なども徐々に書けたらと思うので、

また気が向いたら見てやってください。

 

もしコメントとかいいね!とかしていただけると大変励みになりますので、よろしければそちらも是非お待ちしています。

 

 

 

ちなみに今でこそ「しあわせ夫婦」ではありますが、結婚1年目はホンマに大変でした。

「僕ら結婚してから夫婦仲が良くて一度も喧嘩したことないんですよ~。」って言う人がたまにいらっしゃいますが…。

 

 

 

 

 

 

本当に尊敬します。

 

 

 

 

 

 

さて、前置きはこのくらいにして前回の続きを。

手術が無事に終わり、疲労で家に帰るなりバタンと布団で寝てしまったその後ですね。

 

↓前回はこちらから。

 

 

 

手術が終わった翌日。

私は自分の部屋のベッドで目覚めるなり、今日すべきことについて早速頭を働かせていました。

 

手術は終わったものの、前の日の朝に着の身着のままで救急車に乗り、妻さんの部屋は布団もしきっぱなし、

着替えや嘔吐処理で使用した道具もそのままにしていたので、まずは片づけからと考えていました。

 

妻さんの両親は昨日の時点で他県の妻さん実家へ帰ってしまっていたので、念のため自分が後片付けをしてもよいか妻さん母にラインをしたところ、「是非お願いしたい」とのこと。

 

同棲している訳でもない彼氏の身分である私が後片付けをひとりでするのに不思議な感覚を抱きつつ、マンションへ向かう準備。

 

午後からはICUに入っている妻さんの面会予定でした。

時間的猶予はそこまでありません。

 

 

少し急ぎ気味でシャワーを浴び終わり、朝食を食べ、妻さんのマンションへ到着しました。

土曜日ということもあり、大通りに面したマンションとはいえ人通りは少なく、そこにはいつも通りの光景が広がっていました。

 

入り慣れたオートロックの玄関扉、道路から時折聞こえる車の音、スイッチを押すと待ってましたと言わんばかりに扉を開けて私を迎え入れてくれるエレベーター。

 

本当にいつもと変わらないです。

 

 

 

 

 

 

妻さんが家で私を待っていることを除いては。

 

 

とりあえず家について色々すべきことをする前に、私は自分の持っているiphoneのカメラを起動し、自撮りで妻さんに向けて動画のメッセージを撮りました。

 

「今からこの部屋を片付けます。昼には会いに行くから待っててね~。」みたいなことを言いました。もちろん笑顔で。

 

私は普段自撮りとかは一切しない人種なのですが、そのときは記録に残したかったんですね。

あとで見返して思ったのですが、動画の私は非常に私はやつれているというか、痩せており、人間は精神的疲労を感じると1日だけでもここまで顔に出るのかと驚きました。

 

その後は、失禁して濡れていた布団を干したり、汚物処理に使った道具をまとめゴミを出したりとあらかたの用事を終え、私は妻さんのいないベッドの上に座っていました。

 

気が付けば面会予定時間まであと少し。

 

私は妻さんが入院している病院へ向かいます。

 

特に行くタイミングなどは妻さん両親とは打ち合わせていなかったので、自由に行く感じです。

 

 

 

病院へ着くと、面会の受付でまた自分のことを記載する紙が渡されるのですが、「ご家族の方ですか?」と聞かれたので、「彼氏です。」と答えます。

 

「またか…。早く”家族”って言いたいな。」とため息が出ました。

「彼氏です。」と答えるのは間違ってもいないし、罪悪感を感じるものでもないのに、何故か自分は家族ではないと主張しているような気がしてさみしい気持ちになったんです。

 

8年越しの花嫁の尚志(ひさし)さんも当時婚約者だったので、きっと同じような気持ちだったに違いありません。

 

ともあれ、マスクや消毒をしていざ妻さんの眠っているICUへ。

 

妻さん母はその日仕事で面会には来れないのと、妻さん父は夕方に来ると事前に情報があったので、今の時間だとふたりきりになれるのでは?と若干期待していた私。

 

しかし、ICUの扉の前に見たことのある男性の姿が…。

 

 

 

 

妻さん父でした。

 

 

時間を合わせたわけでもないのに、ちょうどタイミングが被ったんですね。

ちなみに私は妻さん父は誕生日が同じなので、これも同じ星座のもとに生まれた所以なのでしょうか。

 

 

面識はこれで3度目くらいだったのですが、同じ境遇を乗り越えた者として、特に緊張することもなく、気兼ねすることもありませんでした。

 

軽く挨拶を交わしてICUの中へ入ります。

 

 

 

 

そこには…。

 

 

 

 

目を閉じて眠っている妻さんの姿がありました。

 

頭には2本の管が通され、白いネットのような帽子をかぶり、顔のところにはいたるところにガーゼが貼ってあります。

ベッドのそばには妻さんの心拍や血圧?を伝える波形や数字を表示する機械もありました。

 

笑顔で迎えてくださった担当の看護師さんが「今は眠っています。」と説明してくださいました。

 

一見すると耐えがたく痛々しい姿かもしれません。

 

これから先どうなっていくのか、後遺症などは出るのかなど先行きはいまだ不透明で、目をつぶってしまえば真っ暗になって光を失ってしまうかもしれない。

 

でも、私は妻さんを見た最初の気持ちは「生きていてくれてありがとう。」でした。

 

それ以上先のことは考えられません。

 

気が付けば、また涙が私の頬を伝っていました。

 

妻さん父もおそらく同じ気持ちだったのでしょう。

 

近くにある格子椅子に腰かけ動かずにじっと妻さんの顔を見ていました。

 

先生の話によると今日は土曜日で、一旦月曜までの2日間はこのまま起こさずに様子を見つつ、月曜日に薬で刺激して起こす予定とのこと。

 

だから今日は1日顔を見るだけとなります。

 

私は妻さんの近くに駆け寄り、「これからも一緒にいるからね。安心してね。」と耳元で伝えました。

 

 

すると妻さんは意識がないにもかかわらず、私の声に反応して私の手を握ろうとしたり、私の顔を触ろうとしたりするのです。

何か言葉にならない言葉を発しながら。

 

看護師さん曰く、「あら、珍しいですね。どんなことをしても起きないのに。」と。

 

意識はないながらも私に返事をしてくれていたのかもしれません。

 

そうして少し過ごした後、妻さん父と病院を後にしました。

駅前で妻さん父と別れたあと、再び一人で帰路につきます。

 

 

色々なことを考えます。

これからのこと、自分のこと、病気のこと、後遺症のこと…。

 

自転車に乗りながら、初夏の温度を感じつつ。

 

しかし、私の胸には夏の暑さとはまた別の温かい気持ちも感じながらまたひとつ自転車を漕ぎ出しました。

 

 

 

妻さん発症時の話 終わり

ここまでご愛読ありがとうございました。

明るい日本男児先生の次回作にご期待ください。



1/12追記


続編の『妻さん入院時の話』開始!

↓こちらから