熱中時代! 社長編 -23ページ目

立川談志 逝く

立川談志は75歳でその生涯を閉じた。
しかし、微笑ましいエピソード、キャラクター、残された芸は永遠のものである。

孤高の天才・風雲児として落語界を駆けた談志は実は陰の努力家でもあった。

今回の訃報で「喋れないのが何より辛い」と言っていたことが明らかになったが生前、談志は365日24時間常に落語について考えまくっていたという。

大御所となっても、落語を呟きながら歩くという稽古を欠かさず、思いついた事はすぐにメモを取るという毎日だったという。常に新しい根多(ネタ)の稽古も行っており、その姿はまさに落語の鬼。
弟子は師匠・談志の悩み続ける姿を見てさらに修行に励んだと言われている。
$熱中時代! 社長編-立川談志ポスター

【立川談志】
1936年1月2日生まれ。
本名・松岡克由(かつよし)。
16歳で五代目柳家小さんに入門。
「小よし」「小ゑん」を経て27歳で真打に昇進、「五代目立川談志」を襲名した。
83年、落語協会を脱会して落語立川流を興し、家元となる。
政治家としては参議院議員を一期務めた。
一時体調不良で休養後していたが復帰、最近は元気な姿を見せていたが、今年3月末に再度、体調不良により活動を休止していた。

近著に「談志最後の落語論」「談志最後の根多帳」「世間はやかん」など。
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七つのお祝い

「七つの祝い」を行いました。

昔は、子どもに人格はなく神からの預かりものと考えられていました。
7歳を迎えて初めて氏神様から氏子札をもらい、人格を認められるということになっていました。
そのことから、七五三の7歳は大人として住んでいる地域社会でその子の存在を認められたものとして扱われる大きな節目の年になっていました。

地域の社会に、存在を認められる「七つのお祝い」は、地域をあげて子どもたちに成長を祝い、地域社会での活躍を期待される行事ともいえるかと思います。

日時:平成23年11月23日(水)
場所:新吉水天満宮
主催:新吉水南町会役員4名、新吉水北町会役員4名、氏子総代6名、南部公民館運営委員4名、社務所お手伝い6名の24名

以前は、小学校で一斉に集まり「7つのお祝い」を行っていましたが、現在は5町会(田沼南部地区公民館)の各町会毎の祭事になり、新吉水の南北町会では新吉水神社で行われました。

・祭礼式準備を午前8時から、七つのお祝いを午前10時から開催。
熱中時代! 社長編-新吉水天満宮
新吉水神社の正面鳥居から撮影しました。
熱中時代! 社長編-清掃
集合時間10分前の午前7時50分に天満宮に行くと皆さんがお集まりになっています。
早いですね。
熱中時代! 社長編-社務所
新吉水天満宮 社務所です。
熱中時代! 社長編-天満宮石垣修復事業
平成20年6月に天満宮(石垣・本殿廊下)の修復、境内整備拡張、水屋新築等の施工について、当時の実行委員長からの挨拶が下記の内容で刻まれています。

「前回の昭和十年十月竣成以来、七十年余り風雨の浸食等で荒れ果て、特に石垣は崩れ、立入り禁止の危険な状態でした。この対策を模索して三年、ここに平成の大修復を計画し委員会を立ち上げ多くの方々の御賛同を得て千三百万円余の奉納金により実現致しました。いうまでもなく、菅原道真公を祭神とする新吉水天満宮は、永らく鎮守の神として敬われ平和で幸福・健康・安全を祈願するばかりでなく、地域の人々の憩いの場、子どもの育成の場として広く活用されてきました。
 今回、階段に手摺をつけ高齢者の方々の参拝をし易くし、東西の広場も整備し、子どもみこしやコミュニティの活動も更に便利になりました。これからは、天満宮の御参拝はもちろんのことより、地区の人々のセンターとして愛され、親しまれていくことを希望します。」

私も僅かばかりですが寄付をさせていただきました。
熱中時代! 社長編-清掃後の様子
清掃を終えると境内は、このように美しくなりました。
続いて、本殿の祭礼式準備です。
熱中時代! 社長編-祭礼準備 本殿
氏子総代の伝承による祭礼式の準備です。
$熱中時代! 社長編-祭礼準備 本殿
私は、提灯などを設置、どんどんと準備が進んで行きます。
$熱中時代! 社長編-新吉水天満宮
いかがでしょうか。上手に出来ました。
$熱中時代! 社長編-水屋
この神社の手水屋は、普段使われず祭事があるときに水を使用するらしく、鉢と柄杓置きの竹を洗い手などを清めるための水を入れました。
$熱中時代! 社長編-外観
受付を私たち南部公民館運営委員(4名)が行いました。
係は自宅へ着替えに戻り、午前9時半集合です。

名簿で確認です。自分の名前を元気よく言ってもらいました。
お子様には、記念品の贈呈(お守り、千歳飴、蜜柑)を受付後に渡します。
熱中時代! 社長編-受付係
一瓶塚稲荷神社のお守り(女児:赤/男児:緑)と不二家の「千歳飴」

縁起物の「千歳飴」ですが、袋には鶴、亀、松竹梅が描かれています。
飴の長さは「長く伸びる」にちなんで長寿の願いを込めて細く長くなっており、縁起が良いとされる紅白の色が使われています。このように、子どもが無事に育ったことを祝う気持ちがこめられています。
また、子どもの成長を祈る縁起物として「七五三」の日には、親戚や近所に配られる風習がありました。千歳飴も節分の豆と同じく年の数だけ袋に入れると良いとも言われています。

受付後時間があるので、簡単に説明をさせていただきました。
神社の入口にある「手水屋」で手を清め、口をすすいでから社殿で、おさい銭をあげて、次に鈴を鳴らし、2回礼をし2回手を打ち、ここでお願いごとなどを手をあわせて祈願します。そして1回礼をして終了です。※「二礼、二拍手、一礼(二拝、ニ拍手、一拝とも言います)」と覚えましょう。

受付後は、「健康で明るいよい子」の祈願、記念写真撮影と粛々と氏子総代により進行されます。
熱中時代! 社長編-記念撮影
昔は現在と違って、貧困や栄養不足などが原因で子どもが成人に達するまで生存している確率はかなり低いものでした。無事に成長してくれるのが大変だったために、子どもは7歳までは人間でなく神様からの預かり物だと考えられていました。
このように、子どもが7歳にして、初めて人間になったとして喜び、日常の生活の節目をみんなでお祝いをする意味合いの日になっています。

七五三は、昔は数え年の7,5,3歳の時に11月15日に神社へ行き祝詞をあげてもらっていましたが、現在では満年齢でお祝いをする人も増えているようです。
熱中時代! 社長編-片付け
なおらい後は、後片付けです。
割と複雑な感じで、後片付けをしています。
ジグソーパズルとでもいうのでしょうか。
板を左右、上下と逆にしたり皆さん悩んでしました。
熱中時代! 社長編-片付け
このように、きちんと収納出来ました。
熱中時代! 社長編-片付け終了
私は、太鼓や提灯を片付け、受付のテーブルをしまいました。

本日、未来を担う子どもたちの将来のように、青天のもとで行事を催すことができて嬉しく思います。
頑張れ!子どもたち!

私たち地域の大人は、君たちを応援するよ!

「りべるて」Vol.2

主なスケジュール(社会貢献)

12ケ月点検終了