熱中時代! 社長編 -17ページ目

美しい星空は誰のもの?

自然豊かなニュージーランドに、息を呑むほどみごとな星空で知られる村があります。あるとき、この村で夜空を明るくしてしまう“光害”をくいとめるため、星空を世界遺産として登録しようというアイデアを思いついた人物がいます。強力な支援者たちを得て、このアイデアが実現へ向けて順調に歩む一方で、村に暮らす人々の間には、複雑な思いも芽生え始めているようです。

開発規制を危惧する人、経済効果を期待する人、開発による光害や自然破壊を懸念する人……。
不安と期待に揺れる村と、「星空の世界遺産」実現のために尽力する人たちの物語です。
$熱中時代! 社長編-星の降る村、テカポ
星の降る村、テカポ
ニュージーランド南島の玄関口、クライストチャーチから車で3時間走ると、ミルキーブルーの氷河湖を前に、石造りの小さな教会がたたずむ村があります。テカポと呼ばれる、人口300人ほどの小さな村です。美しい山並みが湖をふちどり、湖に面した教会の大きな窓から臨む風景は、見る者の心をしんと澄ませる魅力をたたえ、世界中から観光客を引き寄せています。

湖と教会の景観で知られるテカポに、「星空の美しい村」という評判の村です。
$熱中時代! 社長編-テカポ
<左>先住民マオリの言葉で「夜の寝床」という意味をもつテカポ湖。氷河が削りとった岩の細かい粒子が湖水に含まれ、陽を受けると乳白色に輝ます。
<右>ヨーロッパからの開拓民が1935年に建てた「善き羊飼いの教会」。石造りの素朴な味わいがこの地の自然によくなじんでいます。

テカポは、ニュージーランドでも指折りの星空観察に適した土地です。湖を見下ろす小高い山、マウント・ジョンの頂上には、1965年に天文台が置かれました。このマウント・ジョン天文台は世界最南端の天文台です。
$熱中時代! 社長編-マウント・ジョン天文台
天体望遠鏡のドームが立ち並ぶ、日中のマウント・ジョン頂上(標高1030m)。テカポ市街地は標高710mなので、ほんの数百メートル登れば頂上に辿り着けます。

北半球で暮らす私たちには見られない星も多く、その代表が南十字星。季節によっては天の川が頭の真上を横切り、天文ファンならずとも夢中で夜空を見上げてしまいます。そのうえ晴天率も高く、乾燥していて空気が澄み、大きな都市が近くにないために街明かりも少ない。それでいて、何千メートルもの高地に登ったりすることなく、誰でも簡単に満天の星を眺めることができる場所なのです。
$熱中時代! 社長編-夜のマウント・ジョン頂上
夜のマウント・ジョン頂上。息を呑むような天の川をバックに南十字星が輝き星空が広がります。星空を見上げているというより、星のなかに放り込まれたような気分で建物の床に寝転がって星を眺めることもできます。

星がよく見えると有名な場所でも、大都市から遠く離れた山奥にもかかわらず、大都市の方向の地平線近くがぼんやり明るくなってしまうところは多いものです。しかしテカポでは地平線のすぐ近くに星が明るく瞬きます。山の頂上に立って星を見ると、自分の目線の下にまで星があるような錯覚すら起こります。けれど、地元の人たちにとっては、この星空は当然のもの。私たちが身の回りに空気がふんだんにあることを当然と思うように、星がこれほどたくさん見られる空が珍しいものという感覚はなかったそうです。

2000年ごろ、ニュージーランドには開発バブルが起こりました。その波はここテカポへも押し寄せ、ひそやかに十数軒が立ち並ぶだけだった商業地はこれまでの何倍もの大きさになり、住宅地もはるかに大きく広がるという計画が打ち出されました。これではテカポの暗い夜空は失われてしまう。
$熱中時代! 社長編-村のナトリウム灯
日本で、世界の各地で、多くの街が開発とともに、本来持っていた美しい自然やその土地固有の景観を失っていく。それと同じ轍をテカポも踏もうとしている。

とはいえ、ここは昔から天文台があった土地ですから、街明かりによって星空が見えなくなる"光害"に無頓着だったわけではありません。自治体は何十年も前から照明のコントロールを始めていました。いまでは、街灯には上に光が洩れないように傘がかけられ、星空観察に影響の少ないナトリウム灯が使われています。ただし、商業施設の照明規制はないので、このまま商業地が広がれば、間違いなく夜空は白くぼんやりと明るくなってしまうでしょう。

また、車のライトは以前から大きな問題でした。10kmも離れたところを走る車のライトがマウント・ジョンの頂上に届くのです。山のふもとをハイビームで走る車が頂上のほうをちらりと向くと、天文台のドームの壁に人の影がくっきり映ります。そうした明かりが目に入ると、いくら頭上に星が光っていてもよく見えなくなってしまいます。

バブルの勢いのままに開発が行われ、商業地や住宅地が広がって、車の行き来が増えれば、星に満ちた夜空は失われてしまう。なんとかそれを阻止できないか。

「テカポの星空を世界遺産にしてはどうだろう?」

ユネスコの世界遺産として「星空」が採択されたことはありません。そのときにはあまりにも途方もない思いつきでした。しかし、一人の人の「この空を守らなければ」という訴えに仲間が心動かされます。

「この星空のもとで育った私たちには、夜空が暗くて星がたくさん見えるのは当然のことだった。失われるかもしれないはかないものだとは思ってなかったんだ。言われて初めて、この星空がどれほど貴重であるか気づいた。次の世代に残していくべき大事な遺産だ、とね。それに、世界遺産化は、私たちのやっている、天文という科学の分野と旅という娯楽の分野が融合した『アストロ・ツーリズム』を強く後押ししてくれるだろう」 その後、ユネスコの本部に強いパイプを持つ人物にこのことを訴え、協力を仰ぎました。

この人物は、かつてニュージーランド科学技術省の大臣を務めた人物です。テカポが世界初の「スターライト・リザーブ(星空保護区)」として指定されることで、ニュージーランドに限らず世界の人々、とりわけ子どもたちの星空への科学的な関心、さらには、科学全般への関心が高まることが期待できる。その思いが、この活動の推進役へと向かわせる原動力となりました。

「それに、ニュージーランドは、ポリネシアから船でやってきたマオリの人々が発見した土地。マオリにとって星は、航海の際には船の行き先を示し、陸では暦となって農耕の時期を教えてくれる、きわめて重要な存在です。白人で最初にここへ到達したクック船長も星に導かれてやってきました。この国を作った星は、まさに私たちニュージーランド人の遺産です」

実は、その人物が話を耳にした2005年ごろ、ユネスコが本部を置くパリでも「世界遺産として"天文"のジャンルを作るべきではないか」という議論が行われるようになっていました。

世界遺産条約では、「歴史」や「芸術」や「自然保護」の観点からだけでなく、「科学」の観点からも世界遺産に値するかどうかを検討すると謳っているのに、科学を軸にした世界遺産はこれまでにないのです。

天文学は人間がもっとも古くからなじんできた科学の一分野です。天文にまつわる建造物や自然景観を遺産として考えようという議論が起きたのは、自然な流れでもあったのでしょう。

さまざまな論議のすえ、星空を世界遺産に含めるかどうかを検討するためのテストケースとして、テカポのほか、ハワイのマウナ・ケア山など、世界中から5カ所の候補が挙げられましたが、最終的に、テカポおよび近接するアオラキ山(マウント・クック)が選ばれ、テカポはいま、世界遺産にきわめて近い位置にいます。

取り残された地元の人
ユネスコおよび国内の重要人物が、リーダーとして参画したことで、テカポの世界遺産化はぐっと現実味を帯びてきました。その一方で、テカポで暮らしている人々の間には、ある不安がわき起こっていました。

テカポ周辺に広大な土地を所有し、牧羊業を営む人はこう言います。

「テカポの世界遺産化という大きな動きが国際的なレベルで進んでいながら、これまで、住民は何も知らされていませんでした。このままでは誰ともわからない人がやってきて厳しい規制をかけるのではないか、自分で自分の運命を決められなくなるのではないか、という不安を持つ人は多いはずです。たとえば、開発禁止という規制が作られるとしたら、それは私たちにとって重大な問題です」

開発とは、経済的な成長を目的とした開発のことですか、と問うと、
「経済成長、社会的な機能の整備、環境保護の仕組み、すべてにおいての成長です。たしかにここの星空はすばらしい。でも『星空だけが最優先、ほかのことはすべて我慢しなさい』ということであれば、住民としては見過ごせない事態です」

クアハウスやスケート場などのレクリエーション施設を運営している人も、
「私はレクリエーションビジネスをしているので、世界遺産になるメリットを期待していないわけではありません。けれど、地元住民の生活やビジネスのほうが、より心配です。たとえば、スケート場の夜間照明を暗くしろと言われたら、ビジネスには大きなダメージです。私のビジネスに限らず、ユネスコの定める規制次第では、テカポは手足を縛られてしまい、やっていけなくなるでしょう」と懸念を表しています。

地元の自治体はどう考えているのでしょうか。テカポを含むマッケンジー市の市長は、このように話してくれました。
「市としては、照明規制などでテカポの夜空を守ることにも配慮してきましたが、同時に、開発を進める権利も含めて住民の生活の向上を図ることも大事な役割だと考えています」
市長さんは先ごろ、これまで世界遺産化を推進する目的で開催されていた星空保護区委員会に、地元住民を代表できる人を入れるべきと考え、前出の人を委員会のメンバーとして招聘しました。地元住民と委員会とのコミュニケーションは、やっと始まったばかりのところです。

開発と暗い夜空の保護は両立できるか?
天文台がこの地に置かれたのは、天文学者が米国ペンシルバニア大学の依頼でニュージーランドの各地を検分してまわり、テカポが最適だと判断したことによります。1965年、ここに天文台ができた当初からテカポの村と夜空を見つめ続けてきたと言います。
「テカポの村は私が来てから3倍の大きさになりました。でも星が3倍見えなくなったかといえばそうではない。テカポが世界遺産となり、さらに市街地が大きくなっていっても、よりよい照明法とテクノロジーの進歩によって、光害は防げると思います」

世界の大都市には、いたずらにあたりを照らすだけで、明るくしようとした場所(たとえば道路)を照らす役に立っていない街灯があふれているとも指摘します。

「こうした照明は、単なるエネルギーの浪費です。その上、星空をも見えにくくしてしまう。いまでは、電球に上から傘をかぶせるだけでなく、ナトリウム灯などの新しい照明も開発されています。こうしたテクノロジーもこの先、さらに発達するでしょう」

世界遺産の実現を機に開発を全面的に禁止し、テカポの今の暮らしを規則で縛る必要はないと言います。これまでテカポは照明をコントロールしてきた歴史と実績があり、野放図な開発は規制するにせよ、いくぶんかの開発が行われたとしても、夜空に配慮した街のデザインは可能だという考えです。

「世界遺産化によって、より暗い夜空が実現できるのでは?」と話してくれたのは、マウント・ジョンで観測を続けている大学の研究者でした。
「僕がテカポに通い始めた10年前から比べると夜空は明るくなりつつあり、観測に影響が出てきているのは事実です。星空が世界遺産になるということはそこが暗い夜空であることが前提になるでしょうから、いま、街灯だけにかかっている照明規制が商業施設にも適用されるなど、暗い夜空が守られるような開発が行われることを期待しています」

開発に大きな危惧を抱いています。
「テカポが世界遺産に指定されることでビジネス上の恩恵を受ける立場。でも世界遺産をきっかけに、この地域が大きく開発され、夜空は明るくなり、自然が破壊されるのではないかということを非常に心配しています。世界遺産化の活動は、状況によっては引き返したほうがいいように思う」
とまで言っています。開発を止めようとして考えたことが、逆に次の開発の引き金を引くかもしれない。発案者としての責任を強く感じているのでしょう。

「星空の世界遺産」の切符は、そこに暮らす人が持っている
「ここで静かに暮らしている人にとって、世界遺産化にどんなメリットがあるのか」を常に自問しています。
$熱中時代! 社長編-テカポ湖畔の「善き羊飼いの教会」

「スキー場の照明はダメ、スケート場の照明もダメ、とよそから来た人間が言うのは簡単なことですが、スケート場は昔からこの村の生活の一部です。夜間の暗い道をセキュリティライトで照らすのも、人々の安全がかかっている。そうした、いわば村の文化を否定したり、生活を犠牲にしたりして星空を守れ、と一方的に言っていいものではない、と僕は思うのです。村の人、一人ひとりと話をして、世界遺産になることを望むかどうか、その意思を聞いてみたいと考えています」

テカポの自然に魅かれて移り住み、オーガニックコーヒーを出すカフェを営む人は、私たちにこう言いました。
「私は世界遺産化に賛成よ。でも、夜空を守ることと自分たちの生活をどう折り合わせるかについては、自分たちで答えを見出すのがいいと思う。誰かに"あなた方はこうしなさい"と命令されるのでなく、"自分はこの星空を守ることに貢献してるんだ"と誇りに思えたら、それが一番よね」

世界遺産というのは、守るべき風景、自然、街並を切り取って写真のように固定し、保存するだけではなく、そこに住む人を包含したものであってほしいと私も思います。人間を排除した遺産は、いったい誰のための遺産でしょう。

世界遺産が実現することで、ユネスコが要請する規制が暗い夜空を守る大きな傘となり、照明や環境の保護を前提とした、これまでの常識を覆すような新しい考えで開発が行われることも期待できます。逆に、小澤さんが心配するように、世界遺産を当て込んだ開発が始まり、下手をすれば、世界遺産どころか、暗い夜空が失われることもありえるでしょう。

テカポはどのような道を選ぶのでしょう? 私たちが取材の過程で出会った人々は、形の違いこそあれ、みな、テカポの自然の美しさやコミュニティをとても大切に思っていると熱をこめて話してくれました。その方々の決断を、日本から見守り続けたいと思います。願わくは、いわば「お上」が決める世界遺産ではなく、そこに暮らす人たち自身が、世界に二つとないテカポの美しい夜空を大事に思い、守り続けてくれることを。

初詣! 唐澤山神社

毎年、ここ唐澤山神社に、初詣に行きます。12月31日22時より1月3日17時まで佐野方面より登り田沼方面へ下る一方通行規制となりますが、今年は、14時に家を出ましたが混んでいなくスムーズに駐車場へ入ることが出来ました。

駐車場から最初に向うのは、物見櫓のあったところで、南面に出た岩がちょうど天狗の鼻の様であるために「天狗岩」と呼ばれるところです。
熱中時代! 社長編-天狗岩 旧田沼地区
佐野市の田沼地区が望める場所です。昨年、3月に全面開通した北関東自動車道路も望めます。
熱中時代! 社長編-天狗岩 東京方面
田沼地区が望める方角から左に目を移すとカメラを向ける人たちがいるので伺うと「スカイツリー」が見えるそうです。
熱中時代! 社長編-天狗岩 東京方面
少しアングルを変えて、シャッターを切ってみました。この方角に、今年5月にオープンする「スカイツリー」が見えるそうです。
熱中時代! 社長編-八大竜王神
天狗岩を降りて神社へ向うと「八大竜王神」を祀るこの場所に、多くの方が祈祷しています。写真の光が祈願祭で竜王神の降臨されたもので、この日よりこの場所の「氣」は一段とアップし、パワースポットとして人気が出たそうです。(2010年10月1日撮影)
熱中時代! 社長編-唐澤山神社 奉納旗
歩を進めて行くと色々な人に出逢います。「旧年中はお世話にな入りました。今年も宜しくお願いします。」と挨拶だけで身が引き締まります。
熱中時代! 社長編-唐澤山 見晴らし台
社務所の奥にある南城のあったところで、また、東京方面を望む。肉眼で「スカイツリー」も良く見えます。
熱中時代! 社長編-東京遠望
神主さんが言うのには、12月から2月頃まで、東京の新宿、池袋、それに富士山まで良く見えるそうです。水で清めて、階段をのぼると引局跡があり、そこで巫女さんが甘酒を振舞っています。
歩いた後の甘酒は、美味しいです。
熱中時代! 社長編-唐澤山神社
また階段を上ると本丸跡に、藤原秀郷公が祀ってある唐澤山神社に辿り着きました。
昨年のお守りを返して、夫婦で参拝。

唐澤山は、今より1000年以上の昔「むかで退治」の伝説や、天慶の乱で平将門を滅ぼした藤原秀郷公の居城址で標高240米ながら、全山赤松におおわれ断崖と深い谷に囲まれた自然の要塞をなし、今なお当時をしのぶ遺跡が数多くあります。古を感じる場所ですね。
熱中時代! 社長編-唐澤山神社 お守り
今年も家族分のお守りを購入して参りました。
$熱中時代! 社長編-秀郷公御墓所
実は、藤原秀郷の墓は、私どもの住まいから直ぐ近くにあります。

佐野市指定史跡 藤原秀郷公墳墓 1基(昭和42年6月28日指定)
直径24m、高さ3mの円墳は、周囲の平坦面と切石を含めると、直径35.6m、高さ5mの墳墓となります。

藤原秀郷公は、上野国(群馬県)赤岩に生まれ、天慶三年(940)二月、朝廷に背き乱を起こした平将門を、平貞盛と協力して討ちとり、その戦功により従四位下に叙せられ、武蔵(東京都・埼玉県)・下野(栃木県)の国守に任じられました。正歴二年(991)九月に没し、ここに葬られたと伝えられています。

かつてこの近くに、秀郷が開基となり、大僧都知海法印が開山した大同山東明寺(元和三年(1617)に廃寺)があったことから、「東明寺古墳」ともいうそうです。八幡宮ではあるが、御祭神は藤原秀郷公で、かつては墳頂に鎮座していたのが、近くに降ろされたそうです。

恒例 築地魚河岸の買い出し&東京人気スポットの旅!

今年最後の団体旅行でした。
年末恒例の「築地魚河岸の買い出し」と「都内の有名スポット」のツアーです。
熱中時代! 社長編-TCB
目的地へ向かう高速道路は、順調に進み、天候にも恵まれ、来年オープンする「スカイツリー」も車窓からご覧いただくことができました。
熱中時代! 社長編-スカイツリー
首都高速道路を降りて「銀座」に入りますと僅かな距離ですが築地方面は渋滞です。
この時期は、仕方ありません。しかし、高速道路がスムーズでしたので、予定時刻より45分程早く築地市場に到着出来ました。
熱中時代! 社長編-築地市場
巨大都市「東京」の台所と言われる築地市場、前日の夕方5時から水揚げされた魚介類などが運び込まれ、その12時間後にはセリ終え、仲卸業者の店に次々に並べられ、午前8時から街の魚屋さんや料理屋さんなどの小売り店の人たちが仲卸業者のお店に魚を買いにきます。 この時間、市場に一日の中でもっともたくさんの人が集まると云われています。だので、一般の方は、9時過ぎから仲卸業者のところに入れます。午前11時頃には、ひと段落し、午後1時頃には、翌日の受入れの準備が始まります。

24時間眠らない市場。築地は、魚を買ったり売ったりする場所です。もちろん魚だけじゃあ、ありません。野菜に果物、肉、豆、玉子焼き・・・。どれもこれも食物は鮮度が命ですから、当然、商う人も活きがいいです。

そんな気質を代々受け継ぐ築地市場には、暗黙のルールや相手に対する心遣いが必要です。
一般の方々は、取引が終える午前9時以降から、仲卸に入ることが出来ます。

初めて築地に足を踏み入れお客様は、バリバリ音をたてて走り回るターレに圧倒されながら、魚でも買おうと店の人に声をかけると「アンタに売る魚はないよ!」とピシャリ!
怒られたと思うが、このお店は「魚が上物ばかりでアナタにはちょっと高すぎる、だから他のお店で買ったほうがいいよ」という忙しさと優しさゆえのアドバイスだったりします。

ところが今回は、またもや「売る魚はないよ!」例のあれかと思ったら「売るほど魚はあるけれど、今日は薦められるのが無い」とプロとしてのこだわりでした。対面販売は、人と人の会話から成り立っている。実際、小売り店の人だと思うが、仲卸業者の人に「そんな値段は、場外か上野に行ったら、いくらでもあるから行きなよ!」と怒鳴りつけられてる場面に遭遇しました。真剣勝負だな~。
熱中時代! 社長編-大間産 鮪
私は、刺身を物色し、仲卸の一周して購入しました。
熱中時代! 社長編-鮪
歩いているとお腹が空いてきたり、荷物の重さに耐えられなくなり、入口で買う方もいますが、全体を見てから購入をすることをおすすめしています。

・観光市場ではない。
・通行を妨げないように配慮をする。
・汚れても良い格好。
・トートバックのようなものを持参する。キャスター付きのバックがいいのですが、混雑時は周辺の人に迷惑をかけないようにする。
・大勢で歩かない。
・買物リストを作成してくる。

その他、ツアーの場合は、早目の昼食を心掛けるべし。
熱中時代! 社長編-築地すしまる 店内
ということで、にぎわう築地場内の中央卸売市場10号館にある江戸前寿司の店「築地 すしまる」に、約30分待ちして入りました。店内の雰囲気は、14席のカウンターとテーブルに4席の18席です。きれいに拭かれたカウンター、その上にはネタケースがあり、新鮮そうなネタが入っていました。
熱中時代! 社長編-すしまる
「すしまる」の鉄火(まぐろ)重を食べました。みそ汁も付いています。
熱中時代! 社長編-すしまる メニュー写真
「すしまる」のまぐろ(鉄火)重のメニュー写真チョット違うね?
熱中時代! 社長編-築地場外
昼食後は、築地場外市場へ移動。今年も残りわずかとなり、お正月の準備の人で築地は場外も年末の活況の賑わいでした。
熱中時代! 社長編-場外 波除通り
市場から場外は、波除神社の方から波除通りを真っ直ぐ歩きながら、新大橋通りへ向い公衆トイレを利用する。道路を渡ると共栄会ビルに移動。
築地共栄会(HP) 築地4丁目交差点の角の商業施設ビルです。
 ランチは、ここの地下にある「若竹」さんも穴場でおすすめです。
 ※このビルのトイレは、有料です。
その後は、晴海通り沿いを歩き、いよいよ場外市場へ本格的に回る。

築地場外市場でのお買物の際、卸売の場内市場に隣接している為、搬出・搬入の車両も行き交う場外は、元々、プロのお客様のための問屋街であり商店街とは様相が異なります。しかし、今日は、人ひとの大混雑。コインを握りしめ、揚げ物などを買うのも楽しくうなぎの肝、さつま揚げ、シュウマイなど食べ歩きしました。

築地の近くは、銀座月島汐留などもありますので、興味のある方は足を伸ばすと良いですね。

私は、数名のお客様と集合場所近くの国立がんセンターの19階のレストランにて、集合15分前までリラックスタイム。無事にお客様も全員揃い午後は、東京都内の人気スポットへ。

都内にいながら韓国気分を満喫できる新大久保の「コリアンタウン」です。
エリアは「職安通り」「新大久保の竹下通り」「新大久保通り」の3つに大きく別れます。
$熱中時代! 社長編-コリアンタウン
まずは、職安通りはスーパーから本屋、美容院、CD・ビデオ店など、ありとあらゆるエスニックな店が大集合したストリートです。
新宿駅方面に向い職安通りで、下車をすると反対側に「ドン・キホーテ新宿店」が見えます。その信号を渡ると「新大久保の竹下通り」と言われる場所を通り抜けると「新大久保通り」です。
$熱中時代! 社長編-コリアンタウン職安通り
ハングル文字は、少ないですがリトル韓国です。
韓国に行きたくなりました。

このエリアは、若い10代、20代の人ばかり、韓国パワーのエネルギーを頂いてお客様も元気いっぱいです。2012年は、隣国の韓国と手を取り合い活力ある日本へなって欲しいと思います。

帰路も予定より早い到着が出来ました。~お客様、今年一年誠にありがとうございました。~

第3回 研修・企画委員合同会議

栃木県の佐野市内で会議や見積提出と午前中は分刻みに移動。
午後からは、宇都宮市内の栃木県旅行業協会で会議が行われました。
弊社から車で約5分の北関東自動車道「佐野田沼インターチェンジ」から高速を利用して市内へ。
熱中時代! 社長編-栃木県宇都宮市
便利になりました。余談ですが、佐野市には他に、東北自動車道の「佐野藤岡」「佐野SAスマート」のインターチェンジがあり、合計で3つも高速道路の乗降口があります。それだけ、市民の車の利用度があると云うことですね。宇都宮市内に入ると師走と云うことで少し混んでいるようでした。
熱中時代! 社長編-栃木県庁 正面
県庁所在地の宇都宮市、立派な県庁があります。
ここから車で3分位で協会事務所に到着。

会議は、栃木県に旅行業協会が発足して60周年を迎える。
平成24年度の大きな事業の一つになる協会の創立60周年事業。

今回で、第3回になる研修委員会と企画委員会の合同による会議です。
第1回の会議の際、選出された両委員会の委員長、会長、事務局長と私(企画委員)で、全体の流れの確認と募集用のチラシの原案を検討した。

私の役割は、募集に関する内容の提案であります。
セールスポイントは、たくさんあります。

新緑を迎える6月に、北海道の札幌市を中心に2つの大きな行事に参加していただく予定です。
1.初日「第21回YOSAKOIそうらん祭りフィナーレ」メイン会場の予約桟敷席での見学。
2.2日目「栃木県旅行業協会創立60周年記念ディナーパーティー」を宿泊ホテルで開催。
次に、栃木県旅行業協会だからできる内容として幾つかお得なモノを紹介します。
1.旅行全日程に添乗員が同行する。
2.栃木県内の3ケ所から羽田空港までの送迎バスを用意。
3.全日空の便を確定で提示する。(確約便)
4.道内、観光バスを初日と最終日に組み込む。
  初 日:空港からホテル(昼食は、羊ケ丘展望台のジンギスカン。白い恋人パーク見学)
  最終日:ホテル~小樽~空港(小樽観光の時間をとります。)
5.参加者全員に記念品を付ける。
6.札幌市内最大級のロイトンに宿泊
7.2日目のディナーパーティで、抽選会を行う。(ペアで温泉旅館の宿泊、レストランの食事など)
8.2日目にOP(オプショナルツアー)をお求めやすい価格で販売する。
  A:支笏湖・洞爺湖・有珠山コース
  B:旭日山動物園・美瑛・富良野コース

地元発着の添乗員コースは、人気の祭りのフィナーレを見学したり、創立60周年ディナーをお楽しみいただきながら、札幌市内と小樽市内の見学まで付いています。
諸経費を協会の方で負担するので、通常のツアーよりお得感がある内容となっています。
また、2日目の自由行動をオリジナルのOPを設定することで札幌旅行のリピーターにも様々な選択ができる内容とします。ホテルも立地的に恵まれた施設でお客様に喜ばれること間違いなしです。

次回は、来月の理事会に内容を発表し、承認を得ます。その日までに、印刷会社様と打合せをしてチラシをつくりあげる予定です。

総勢260名が参加する事業を手がけるわけで、責任重大ですね。
過去の経験が私をいかしてくれるのですね。
公益法人改革にて、次回の大きな行事は、これで終わりだと思います。

これから、佐野市内で忘年会、往復高速道路利用です。
お金で時間を買うと云うことは、このことです。

高速では、雪が車の上に乗ってる車両が目につく。
宇都宮では午前中に、みぞれ、那須では現在、雪が降っているそうです。


【企画に関するHP】
全日空 公式HP
ホテルロイトン札幌 公式HP
北海道観光振興機構の公式サイト
【1日目】
羊ケ丘展望ビール園(昼食:ジンギスカンメニュー)
よさこいソーラン祭り 公式HP
白い恋人パーク

【2日目】OPコース
Aコース
旭山動物園 公式HP
ふらの観光協会
社団法人美瑛町観光協会
Bコース
支笏湖観光船
社団法人 洞爺湖温泉観光協会
【3日目】
社団法人小樽観光協会

琉球クラシック

日本にしかない「お歳暮」という慣習。
お正月に祖霊(先祖の霊)を迎え御魂祭りの御供え物や贈り物をした日本古来の習わしが、起源とされています。嫁いだり、分家した人が親元へお正月になると集まり御供え物を持ち寄ったのが始まりなんですね。

かつては、年越しに必要な御供え物を贈ることから、塩鮭、塩ぶり、数の子、するめ、もちなど食料品を送る風習でしたが現代では、さまざまな品物が贈られています。

今では、日ごろお世話になっている方々への年末のあいさつになり、贈答儀礼に変わりつつあります。
弊社は、「カレンダー」の他に「お歳暮」として「琉球クラシック」をお届しています。
熱中時代! 社長編-琉球クラシック 
「琉球クラシック」はまろやかでコクのある常圧蒸留の原酒とフルーティーな香りですっきりとした飲み口の減圧蒸留の原酒をブレンドし、口当たりやわらかくほんのりと甘い飲み口に仕上げた一般酒です。華やかさのあるやさしい香りと雑味のない軽快な味わいは料理とも合わせやすく、食中酒に適しています。昔使用されていた懐かしいラベルを復刻したレトロ感も人気があります。卓上ボトルサイズです。
熱中時代! 社長編-琉球クラシック
創業当時のラベルをそのままデザインした「琉球クラシック」。
商品名:琉球クラシック25度    
サイズ:4合瓶(720ml)
酒造所:新里酒造

$熱中時代! 社長編-本格焼酎飲み比べランキング
保存版 本格焼酎飲み比べランキング (別冊宝島)
焼酎通20人が選んだ、本当に旨い焼酎173本
焼酎の人気は益々広くさらに奥深くなってきた!しかし、焼酎初心者にとって最大の悩みの種は数あるなかから「いったいどれを選べばいいの」ということ。本書は、芋、麦、米、黒糖、泡盛と個性溢れる焼酎を焼酎のプロ10人が料理、TPO、気分によって分類、ランキングする、味わいつくす焼酎ガイド。焼酎の見分け方が容易になれば、焼酎はもっと楽しめる!
熱中時代! 社長編-別冊宝島
なんと「泡盛部門の一位」に輝いた沖縄最古の酒造所です。


琉球王朝時代の1846年に首里赤田で創業し、現存する泡盛酒造所としては最古の蔵元として160年余伝統の泡盛造りを守り続けている新里酒造。

現在の当主6代目新里修一氏は、沖縄国税事務所の鑑定官であった1988年に「泡なし酵母(泡盛101号酵母)」の分離に成功・実用化し、以来ほとんどの酒造所がこの泡なし酵母を使用し、泡盛の生産量を飛躍的に伸ばすこととなりました。

2006年には品質規格の世界基準ISO9001を取得し、最新の品質向上システムと高品質の衛生管理システムや、コンピュータによる仕込みタンクの細かな温度管理などを導入するなど、伝統の技と精神を受け継ぎながら、最新の技術で質・量ともに一層優れた味わいの古酒を消費者に提供できるよう惜しみない努力を重ねている老舗酒造所です。

2006年品質規格の世界基準ISO9001を取得
泡盛鑑評会:2004~2006・2008・2009年県知事賞・優等賞、2003・2007年優等賞受賞