「コーヒーの鬼がゆく」を読んでカフェタイム
嶋中労さんの新著「コーヒーの鬼がゆく」を読みました。吉祥寺の伝説の豆屋「モカ」の店長、故:標さんの壮絶なコーヒーへの執念が書かれたものです。
地元が吉祥寺だったにも関わらず、「モカ」の存在を知ったのは社会人1年目、コーヒーにのめり込んでいた時期でした。色々な雑誌を見ていくうちに、吉祥寺に普通でない店があることを知ったのです。平成13年から喫茶兼豆屋から豆屋専門になっていたので、そこではコーヒーは飲めなかったのですが、標さんの姿はありました。
堅物そうな雰囲気、素人の質問は受け付けない、そんな佇まいに圧倒され、マンデリン200gを買って、そそくさと店を出たことを覚えています。家でいれたマンデリンは、上品で香り高い気品のある味でした。ただ、それから数回「モカ」へは行きましたが、標さんとは直接話をすることはなく、そしてある時期から行かなくなりました。
行かなくなったのは、色々な豆屋を巡った結果、最終的に雪谷大塚の「香炉庵」http://www.koroan.com/ に
惚れこんで、他の店に浮気することが無くなったことが大きいのですが、ただ標さんのあのコーヒーに対する真摯な態度には、時々思い出したものです。
何で、あんなにコーヒーに人生かけられたのだろー、そんなことを思っているうちに、コーヒーが飲みたくなったので、一杯、夕暮れ時のカフェタイム。
今日選んだのはエチオピア。香り高く、フルーティな味わいが特長。コーヒーを入れ、豆が膨らむこの一時、僕の一番好きな時間といってもいい。古い豆じゃ絶対にこんな膨らみは出ない。膨らまない時は逆に萎える。
膨らむ一時も含めたカフェタイム。幸せな一時です。標さんはコーヒーに全てをかけ苦しみもがいて生きていたけど、あんなに一つのことに打ち込めるものを持っている、それは幸せなことだと思う。
90年続く和菓子屋 泉岳寺の松島屋
数年前雑誌を見て頭にインプットはされていた泉岳寺の赤いのれんの和菓子屋、ようやく見つけました。たまたま泉岳寺から高輪台に向って歩いていたら、朝11時なのに行列。「ここだ!」、ひらめきました。
10分程並んで桜餅と豆餅、きび大福を購入。私の次に並んでいたお客さんで全て完売。未だ時間は11時30分。恐るべしのお店なのです。
これがそのきび大福。一口ほおばれば食べれる程の程よいサイズ。早速頂くと、餡がとてーも上品。丁寧に作られていることが伝わってきます。
聞けば、創業は大正7年(1918)の90年続く老舗。昭和天皇がまだ皇太子だったころ、すぐ隣の高松宮邸に住んでいてこの豆大福がお気に入りだったとのこと。家の隣にこんなに美味しい和菓子があったらいいなー。
いつまでも続いて欲しいお店、そんなお店の一つです。
食の文化フォーラム(伝統食の未来)
食の文化フォーラム「伝統食の未来」というイベントに参加。今まで2回やって今日は最後の三回目とのこと。
余り趣旨を理解しないまま「伝統食」というフレーズに興味を持って行ったが、内容としては、戦後の暮らしの変化によって食生活にも大きな変化があり、伝統食自体なくなりつつある中で、今後どう向き合っていけばいいのか、という問題について話し合うというものであった。
今日は「伝統食の機能性というテーマ」で福井県立大学の赤羽教授、「世界へ出た日本料理」というテーマで民俗学研究かの石毛様からお話頂いた。
・赤羽さんからは、伝統食の定義を「第二次世界大戦まで、日本人が一般的に口にしていた食品や料理」で 「三代さかのぼって共有できる食」ということの再確認
・石毛さんからは、体験に基づいてアメリカに寿司が浸透してしいく過程、色々な形での浸透形態
というようなことを聞きました。
一見、かたそうなテーマでしたが、体験に基づいてお話して貰ったので、面白く聞けました。
金曜の日経の一面春秋で出ていましたが、NHKの長寿番組「きょうの料理」で使う食材の目安が4人分から2人分に変わるようです。(一世帯の平均が2.6人、単身世帯数も3割近く)それだけ日本の生活様式が大きく変わってきていることのようです。
親と一緒に暮らさない、女性の社会進出といった流れが進む中で、このようなフォーラムが開かれるのは、いいものが下の世代に伝わらないまま廃れていく危機感の表れだと思う。
どうやって下の世代にいいものを伝えていくか、ということは良く考える必要があると思いました。強制的に伝えるということではなくて、正しく知って貰う機会を作ることが必要です。その情報をどう受け止めるかは、その下の人達次第だと思います。
かなり真面目な日記になってしまいました。


