いつも、ご訪問とぺタを本当にありがとうございます!

励みを頂いております!


今日は、”自由な選択・自由な行動”を大切にするのも楽しいかもよ^^ というお話です。


人は、自由を奪われることに、とても強いストレスを感じるのだそうです。


選択すること。
創造すること。
決定すること。
挑戦すること。


人というのは、これらのことを実行することに、

喜びを感じ、幸せを感じることが出来るのだそうです。


重労働や、ハードワーク。
いっけん、これらはストレスのように思いますが、
このハードワークの内容について、
自分が創造し、挑戦することを選択したものであるならば、
とてつもない楽しみと、満たされた気持ちに、充実感を得ることもできるのです。

好きなことは、寝る間も惜しんでもやり続けたくなることもあると思います。


これは、動物の本能でもあるそうです。


外的も居ない。食事もある。寝る場所もある。
温度管理もされている。
厳しい気象条件もない動物園では、
動物たちの脱走が、よくあるそうです。


恵まれた環境が約束はされていますが、残念ながら動物園の動物たちには
自由が無いのかもしれません。

(※注意:動物園を反対しているというわけではありません。1つの例です)


あるアメリカの大学でも、
教授が、生徒達に質問していました。

・・・
あなた方に、とある人物から、以下のような提案を受けます。


超高級なホテルのスイートルームに住みませんか?
勿論、そのスイートルーム代を、あなたは払う必要は一切ありません。

その場所には、
大好きな家族も、大好きな友人達も、また自分が会いたいと思うひとたちは
全て部屋に呼ぶことができ、会うことが出来ます。
ほしい物も係りに伝えれば、部屋に届けてもらうことが出来ます。
何でも何でも、そのスイートルームに持ってきてもらい、
訪れてきてもらうことは可能です。

ただし、あなたは、そのスイートルームに入ったときから、
一生、部屋の外に一歩も出ることを許されなくなります。
いかがでしょうか?


あなた達は、その超高級な夢のようなスイートルームに住みたいですか
・・・

この質問に、生徒達は答えていきます。


「僕には必要がありません。なぜなら、自分で探しに行くことや、会いにいくこと、
自ら選択して、行動することが出来ないという不自由があるからです。」


「私も嫌です。出かけたり、季節を感じたり、旅行に行くなどが出来ないので、
何か自由を失ったような気がします。


「探求ができないので、つまらなそうです。」


「自分でトライすることが、出来なくなりそうです。」


・・・・
私も考えてみました。

確かに。
自らの足で出向くという自由、好きな場所に行くという自由が奪われること、
また創造すること、探求する自由が奪われるということ。
スイートルームでの生活は魅力的ではありますが、笑。

それらを、奪われるのは、苦痛であるようにも思います。

自分の目で見て自分の感覚を大切にして生きていくことのほうが楽しそうだなと。

そう思いました。


皆さんであれば、どう選択しますか?

あるとき、その「選択」さえも、許されない日が来たらどう思いますか?


有難いことに。
今このブログを読んでくださっている皆様たちは、
インターネットを自由に使うことの出来る環境に身をおくことが出来ていると考えます。


そんな皆さんは自由だと思います。
自由であれば、自由な選択をし、そして好きなことを選び、挑戦し、創造していくことも
楽しいのかもしれません。

好きな人に会いに行くことも許され、それもまた心が躍るような気分になるかもしれません。


一歩前に進んでみたいと、ちょっとでも思っている方。

あなたは自由です」。


自由を尊重し、楽しい人生を創造していくこと。

楽しそうですね。

せっかく与えられている自由。

大いに自由に羽ばたいてみるのも楽しいかもしれません^^


皆様にとって、楽しいクリスマス、年末、そして年始を迎えられますように!

いつも、沢山のご訪問、ぺタありがとうございます!

とても、勇気を頂いております。


心のコップに水を注ぐとき、

誰かに水を入れてもらい満たしたいでしょうか。

それとも、自分で水を入れて満たしたいでしょうか。


誰かに水を入れてもらうとき、

常に、水を入れてくれる誰かに居てもらわないと満たされません。

水を入れてくれる人が居ないとき、満たされず、悲しくなるかもしれません。

また、

「何で入れてくれないの?」

「どうしたら入れてくれるの?」

「私が悪いの?」

「私は不幸だ・・・」

と、

誰かに満たしてもらうことを求めることにより、

満たされないときの不安、孤独感を感じやすくなるかもしれません。


自分で水を入れられるとき、

好きなときに、水を入れ満たすことが出来ます。

誰に遠慮もなく、自分が自分に許可をすれば水を満水にすることが出来ます。


いつでも、自分で入れられることが分かっていますので、

枯渇する恐怖や心配に襲われることは、そんなにないかもしれません。


自分で入れられることがわかっているので、

他人から満たしてもらえないことの不安や悲しさには襲われにくいかもしれません。


また、自分で満たすことができれば、

今度は、満たしていた水があふれ出てきて、

そのあふれ出た水を、誰かに分けてあげることが出来るかもしれません。


自分の心のコップに、水が入っていない状態では、

本来であれば、

誰か自分以外の人の心のコップに水を分け与えることは出来ません。


まずは、自分で自分の心のコップを満たしてあげること。

ちょっとだけ、意識してみるのはいかがでしょうか。


ゆっくり寝ること。

好きな物を食べること。

やりたいことを遠慮なくやること。

好きな人と過ごすこと。

家族と過ごすこと。

友達と過ごすこと。

本を読むこと。

・・・・・


心のコップを満たす”こと”は、それぞれが皆違うかもしれません。

自分が今一番やりたいことに耳を傾けて、

ゆっくりと心のコップを満たしてみるのはいかがでしょうか。


コップを溢れたその水は、

優しい気持ちに載せて、周りの人たちにも良い影響を与えると思います。


忙しい師走。

自分を大切にしながら、自分の心のコップ。

満たしてあげてください(uu*


素敵な年末を。

毎日、沢山のご訪問、ぺた、本当にありがとうございますm(__)m
温かい気持ちを沢山頂いています!!

今日は、常識と思っていたことは、真実か?』という話を!

私は、本当に本当に窮屈なくらいくそ真面目な性格でした。

『~しなきゃいけない』
『~であるべき』

そんな『べき論』で、凝り固まっていたように思います。

でも。
それは、本当に『すべき、やらなきゃいけないことなのか?』

例えば。
締め切りまで余裕があるのに、
『はやく終わらせるべき』!
の考えで、依頼から翌日には仕事をすませる。
残業をたっぷりしてまで。

相手は、もちろん喜んでくれることもありますが、
人によっては、『予定』を考えた上での納期だったりもします。 
『こんなに早くもらっても、依頼したこっちが忘れちゃいそうだよ。。』

そんなことを言われたときに、私は「はっ」としました。

『必ずしも、早く納めることが一番良い!』という常識は、
私の中の常識であったとうこと。
勿論、早くもらって喜んでくれる人も居ます。
でも、必ずしも全員が同じ考えではないということ。

『常識』は、自分が育ってきた環境や、受けた教育によって作り上げられてきた、
それぞれの『価値観』から成り立ってるということ。

育った環境は、みんな違います。
価値観が違うのも、

それこそ当たり前、違ってこそなのかも知れません。

価値観が違うことが分かっていれば、
お互いの行動や、考え、感じ方が違うことも、

少し受け入れやすくなるかもしれません。

私は、それを知ってから、少し楽になりました。

頑張りすぎが、時に、相手のペースに合わないこともある。

それなら、頑張りすぎずに、ゆる~く、らく~に!
肩から力を抜いて、
自分の価値観、
相手の価値観を大切にしながら生活するのも
いいかもしれないですね。(^^)

今日も、ゆる~く、らく~な1日でありますように(笑)