「すごいね」って言われると、

「そんなことないです」。って言ってしまう。


それを通り越して、

「自分のダメ」な部分を言ってしまう。

「私はこんなにダメなんだ。/ダメな部分があるんだよ」と。


とっさに答えてしまう。


なんか。。。。

いやらしい私が顔をのぞく

「私はこんなにダメなんだよ」に続く言葉に気付いてしまった。。。。


「私はこんなにダメなんだよ。でも頑張ってるんだよ」。


これまた、”認めてほしい”を周りに求めてるんだなぁ。



と、色々とはしょって結論を書いて今日は寝よう。


もう、極力頑張らずに、らくーーーーに、ゆるーーーーーーく生きよう


目標:リラックマドキドキ


■人間の持つ感情のうちでもっとも強いものは、
他人に認められることを渇望する気持ちである■
~ウィリアム・ジェームス(アメリカの心理学者)~


自分を認めてもらいたい、自分の存在価値を確かめたい」という欲求は、
人間の深層心理に生まれながらに持っている最大の欲求なのだそうだ。


認められたい欲求。
頼りにされたい欲求。
感謝されたい欲求。


それはすべて、自分の存在意義、存在価値を
自分以外の誰かに承認してもらうことで満たされる


それが悪い欲求では無い。と思う。
というか、そうであってほしい。笑。
(なぜなら、私がその欲求の塊を持って生きてきたから。。。。。。)


でも、人は、そういった周りの人からの承認に
満たされる気持ちがあるからこそ、
業績を上げるモチベーションにつながったり、
サポートし合うことが出来たりもする。


他人様に認めてもらうことは、

やはり良い影響をもらうことが出来るとも思う。


ただ、それが度を過ぎると、
時に、自分を押し殺してまで誰かの役に立とうと頑張ってしまい、
自分がヘトヘトになってしまうこともある。


人は、ひとりひとり「承認のコップ」とやらを持っているそうで。
そのコップには、もともと承認”という名のお水が100%入っているそうな。


もしも30%が、
自分で自分の存在価値を認めている「自己承認」である場合は、
残りの70%は人様からの承認により満たされ100%となる。


はたまた、
自己承認の割合が多ければ多いほど、
周りからではなくて、自分で自分を満たし、自分の存在を

認めることができている状態。


どちらがいいというわけではなく

自分は、どちらの状態がいいか。だと私は思う。


それを決めるのは、自分。

どっちが好きか。どっちが楽か。それでいいと思う。


とはいえ、自分で自分の存在を認めてあげることができると、
他の人の存在も、しっかりと認めて「受け止める」ことができるような気がする。


でも、私が思うのは、
なんというか、
「承認」の水は常に100%になるようになっているのであれば、
自分で自分のやりたいことを認めてあげて、
それをやってみて楽しむことで、
自己承認の割合を増やしていくのもいいんじゃないかなと


と、そんな私は、周りの方々に頼りにしてもらうことがありがたくて、
なんだかんだと、
10年間テクニカルサポートの仕事をしているわけだ。


言い換えれば、自己承認の割合が、

ちょーーーーーーー低い人間だった。

他人に、認められてこそ、存在意義があるのだろうと、

ずっと勘違いしていた。


それだけじゃないんだね。

「自己承認」でも「承認のコップ」は満たすことができることを知った。

というか、そんな風に生きていくのは、

ちょっと肩に力が入ってなくい、ゆる~い感じがして、

楽な感じがする。


あとは割合の問題。


少しずつ「自己承認」の割合を増やせたら、
なんか楽しそうだな~と思う、最近の私なのでした。


"幸せの基準"って人それぞれだと思う。


成功こそが幸せ。

結婚こそが幸せ。

お金こそ幸せ。

お茶を飲んで一服してるときが幸せ。

休みの日お昼まで思う存分寝たときが幸せ。

猫ちゃんと戯れている時が幸せ。


と、「幸せ」について考えたことがある。

いや、今も考えているけれども。


で、いきなり飛ぶけれど、

自己啓発の本や、そういった情報の中で、


「まずは、今ある幸せを探そう」とか。

「小さな幸せを拾い集めよう」とか。


そういうことを提案しているところは多々。


私は、そこを少し勘違いしている時期があった。


”幸せの基準値”を下げればいいのか?と。


自分が感じる幸せ基準値を下げれば、今ある全てのことに感謝し、

それが幸せと思えるのか?!と。


とにかく、「幸せを感じるレベル」を下げれば、幸せになれる?と

解釈しては、

なんか。。違う気がする・・・・・」と思っていた。


で、

今なんとなーく、自分の中で解釈が生まれている。


結婚したい。成功したい。

成功すれば、幸せになる。

結婚すれば、幸せになる。


~すれば、幸せになる。 という未来に目を向けた「条件つきの幸せ」

ではなくて、


やっぱり「今ある幸せ」を感じる・味わうことが、幸せなんじゃないかなーと。


成功したことで、その先本当に幸せになれるだろうか。


成功した途端、今度は、「もっともっと」と思って、

もっともっと違う幸せを探すんじゃないかなと


幸せの枯渇。


そう思うと、「今」 幸せを感じられること、味わうことが

とても大切なんじゃないかなー。


先にある幸せじゃなくて、今ある幸せを「感じること」。

決して、

幸せ基準、幸せレベルを下げることではなくて、


「今」ある「幸せ」を「感じること」「味わうこと」。


次から次への前に、しっかり、丁寧に「味わうこと」を大切に。

そんな今もいいんじゃないかなーと。


これまた、浮かんできた言葉を文書化している独り言。


いろんな考え方があるけれど、今の私はそんな感じだ。うん。