「人混み」は大嫌いな私だが、「人」は好きらしい。
長男は大学生の時、体育会の野球部に所属していた。かれこれ20年も前のことだ。当時寮生活をしていた。のこのこと息子に会いに行くことはできない。中には、Yシャツやその他、生活用品を届けるという建前で近くの駅まで出向き、子どもと待ち合わせをして焼き肉屋で食事をしてくるなんてママさんたちもいらしたようだ。子ども会いたさ、その気持ちそのものだ。
我が夫、
「せっかく寮生活しているのにYシャツ届ける?こずかいを振り込んでいるのだから、その中で自分で買うようにさせろ!」
と自分も経験してきたからこその根っからの体育会人間だ。学業と野球で手一杯の彼らにはバイトの時間もない。少ない仕送りでやりくりする。
私もすっかり慣れてしまった。子どもを自立させるために大事なことと自分に強く言い聞かせ、そうしてきた。だから、私は息子に物を送ることはなかったし、会うには球場に足を運ぶしかなかった。会うと言うより、姿を見る、だな。
もちろん、大学の応援をしに行く。野球観戦も大好きだ。が、回の途中には観客席をキョロキョロと眺めまわす。入学したてなんて、よほどの実績実力のある選手以外は、ベンチに入れることもなく、雑用ばかりだ。観客席のどこかにいることが多い。
息子はどうも2人1組となってバックネット裏でスピードガンを操作し、記録する係だったようだ。いや、どんなことだって雑用と言ってはいけない。大きな仕事の一つだ。毎試合、バックネット裏の最前列を見ると、息子の大きな背中を見ることができた。
ある時、高齢の男性が息子たちに話しかけているのに気づいた。そして、2本のペットボトルを手渡してくださった。野球部のOBなのか、大学の出身者なのか、よほど熱心な応援の方なのだろう。そのお姿は毎週末、内野席の定位置にあった。
息子が4年生になり、オープン戦などに出してもらえるようになった。私は大学グランドまで足を運び、その男性と会話を交わすようになった。そのたびに、レギュラーでもなんでもない1年生にまで応援の声と飲み物を届けてくれた3年前の思い出がよみがえった。
息子も無事に社会人となって数年が経った頃、その方が亡くなられたとの話が入ってきた。葬儀などもすっかり終わり、数カ月が経っていた頃知った。私は、以前いただいていた名刺のご住所を頼りに、お会いできるかどうかもわからないご家族のもとへ足を運んでいた。お花でも用意したかったが、もしもお住まいが見つからなかった場合、見つかってもどなたもいらっしゃらなかった場合を考えて、お線香を持って初めて乗る路線の電車に揺られていた。
「お線香ならば、勝手に玄関脇に置いてきてもいいかな」
持ち帰ることも可能だ。
インターフォンを押してもなかなか応答もなく、あきらめかけた時にドアが開いた。こちらが名乗ると奥様だった。出会いのきっかけとその後のことを簡単にお伝えし、お礼を言った。
「お供えしてください」
とお線香をお渡しした。3分にも満たなかったと思う。
「家の中が散らかっているので、ごめんなさい。駅前にガストがあるんです。いかがですか?」
とお誘いがあった。私は突然押しかけたことを詫びた。丁重にお断りをして自宅に戻ってしまった。
もちろんその後の交流は何もない。私の中では息子がお世話になった大事な方だという思いがあって、何か行動したかったのだ。
「お手紙がよかったかな?品物を届けるって、かえって気を遣わせてしまったかな?あの時、奥様はご主人のお話をしたかったのかもしれない」
自分勝手な行動の反省?自分は偽善者かな?お誘いを断ってしまったことの後悔?それぞれがちょびっとずつ、今でも思い出しては心をチクリとさせる。