このブログに何度も登場してきた母。良くも悪くも気の強い母。私が小さい頃はとっても厳しかった母。 小さい子が大好きな母。今ではすっかりおとなしくなってしまった。
子どもたちに
「私が小さい頃はすっごく怒られたんだよ。怖かったんだよ。お尻も叩かれたよ」
と言うと
「え~っ!あのおばあちゃんが?」
と言ってびっくりする。
「あれまぁ、ショウちゃん、大きくなったねぇ」
「サッチャン、おりこうだねえ」
「ワタちゃん、がんばるねぇ」
と、いつも孫の頭をなでていた。
そうして育った子どもらは、母(祖母)の険しい顔など見たことがない。いつだって笑顔しか見てこなかった。だから
「信じられない」
と言ってケタケタ笑う。
でもでも先日の低温やけど事件の時のように、「人に秘密にする」とか「やらないと決めたら絶対にやるまい」「自分のことはなるべく自分でやる」など、気丈なところは今も見え隠れする。
母は6人兄弟姉妹、男女3人づつの第1子として育てられた。地方の農家に生まれた母は、両親は自分のしつけにはうるさかったと言っている。私は小さい頃、夏休みには母の実家に行っていたから、祖父母のことはよく覚えている。祖父は賢くて穏やかなイメージ、祖母は働き者だった。どちらも孫である私には優しかったが、祖母は厳しい感じがした。祖父は人のために 動くこと、道理を通すことを説いていたイメージだ。
母が両親に意見すること、反発したり口答えするなんてことはなかっただろうと私はずっと思ってきた。ところが、妹から伝え聞いた話にびっくりした。
母の5歳下の妹には生まれつき足首に赤いあざがあった。そのことで母は祖母(自分の母)に怒ったらしい。
「どうせ、妊娠中に火事でも見たんだろう。かわいそうに、あざなんかつくって。妹が大きくなって、どんな思いをするか考えたことがあるのか。一生消えないあざの責任をどうとるのか」
とつかみかからんばかりに詰め寄ったらしい。
私は事の真相を詳しく知りたくて、ある日、実家でたまたま来ていた叔母と一緒になり、それを話題にした。
叔母さんは、ズボンをめくりあげて見せてくれた。そこには直径3センチほどの薄い紅いあざがあった。今なら治療すれば、きれいに跡形もなくなるだろうレベルに見えた。
そして何より叔母さん自身が
「そうそう、あたしもそれなりに大きくなってからのことだけどね。姉ちゃんがおばあさん(母親)にすごく怒ってね。あたしは何にも気にしてなかったのに。これっぽっちも気にならなかったのに。でもやっぱり姉ちゃんは姉ちゃんなんだって思った。姉ちゃんは優しくてしっかり者だ」
と親指と人差し指で2センチほどの幅を作ってその思い、これっぽっちの小ささを見せた。
母は隣で背中を丸めて黙って聞いていた。母は姉なんだな。そして最近思うのは、そんな母に自分が似てきたということ。 小さい頃からずっと
「beachanは、おとうさんにそっくりだね」
と言われ続けて、自分でもそう思ってきた。顔も性格もぜーんぶ。けど……。
私もやっぱり第一子の長女だ。