昨年初めて明治座でお芝居を観てから、こんな楽しみ方もいいな、と思うようになった。


 仕事と、高齢の義父、実母の見守りでなかなか時間が取れない。半日くらいならと考えた末、映画、観劇、近場の見知らぬ土地の散歩などが増えた。もともとミュージカルなどは好んで何回か出かけたことはある。

 

 明治座の今後の予定を見たところ、『大地の子』があった。妹はだいぶ前にNHKでそのドラマを観て、とても心動かされたという。是非観たいと言っていた。私は本を読んだ。山崎豊子さんの4巻にもわたる長編小説だ。実話に基づいたものらしい。だから興味がある。

 

 そうしてチケットはゲットした。妹は父の命日に合わせ、近々帰国するので、ちょうど良いタイミングとなった。

 

 私の友人に、とても映画好きな方がいらっしゃる。ご家庭もあり、お父さまの見守りあり、仕事もしている中で、年間100回以上映画館に足を運ぶというのだから、それは私にとって驚異的な数字といっていい。テレビ放映を含めるとか、仕事をリタイアーなさったとか、小さい子どもがいない、高齢者の介護もない、と聞けば、その数はそれほどの数ではないかもしれないが。そして、年間のベスト3などを報告してくださる。

 

 が、私は映画よりも本が好きだ。自分の隙間時間にちょっとずつ楽しめる。映画となると「おでかけ」ってところから始まる。寝間着でノーメイクじゃあNGだよね。それは理由付けだと分かってはいる。本当に映画が好きならば、身支度など、億劫ではないはずだもの。

 

 そして彼女が言う。

「本の中で『今日の朝飯はめざし1匹だった』って文章が出てきたとする。たったその1行で色々なことが想像できる。映像は一瞬で消えていく。それでも私は映画派なんだけどね」

 

 裸電球の薄暗い、たたみ部屋とちゃぶ台の上のめざし。その皿はほんの少し欠けていてひびが入っている。どう考えても裕福とは言えない家の朝食。この人は、どんな思いで毎朝を迎えているのだろう?なぜ、こういう生活を余儀なくされているのだろう?なぜ、こういう生活を選んでいるのだろう?私は、この1つの文章で、そんな絵を描き、想像を膨らませる。そう思うと、

「きっと読者は同じ1ページでも時間をかけて読むところとざっと目を通すところがあるだろう」

なんて考えが生まれる。

 

 今まで原作を読んでからその映画を観に行ったこともあるが、自分で描いていた俳優さんと全く違うイメージの方が出演なさっていたりする。がっかりするよりむしろ

「そうきたか!」

と思う私だ。そして最後まで流れた後

「うん、彼(彼女)で良かったんだ」

と納得するから、不思議。

 

 アニメに関しては、声がイメージと違うととってもがっかりする。そのがっかり感が消えることはない。その違いはなんだろう?

 

 さて、今現在予習中の『大地の子』である。時間のある時に少しずつ読んでいる。2度目だ。最初に読んだ時は、子育てで忙しい中でなんとか読破した。今回はじっくりと進めている。『大地の子』に繋がる辛く過酷な悲しいエピソードが、詳細にこれでもか、とやってくる。

 

 文庫本にして1,500ページを超す大作、これを2時間のお芝居にまとめあげるその技量、俳優さんらの演技を今から心待ちにしている私である。

 

 

1・2巻は図書館で、3・4巻は古本屋でチョキ