純子は結婚生活に満足していた。たった1つのことを除いては‥‥‥。

 

 翼には小さい頃から手を焼いてきた。翼は新しいものを受け入れることが苦手だった。すべてとは言えないが、洋服、靴、食事など。泣き叫んで拒否をする。どんなことが嫌でどんなものが嫌いで、どうしてだめなのか、純子にも大輔にもまったく区別もできなかった。

 

 その頃は2人ともそんなに大変な子育てが待っているとは思いもしなかった。厄介なことはあったが、まだ苦笑いで済ませられるレベルだった。なんと言っても小さい子の笑顔は可愛い。天使とはよく言ったものだ。

「ちょっと神経が細かい子なんだろう」

その程度に考えていた。

 

 しかし、幼稚園に入園してからはそれがさらに顕著になった。集団が苦手だ。決められた時間でみんな一緒に何かをすることができない。お絵描きなど個人で取り組むことにはいつまででも黙々と向き合う。そうかと思えばボール投げがうまくできないと言って泣く。

 

 ただ、1つだけ穏やかな笑顔で取り組むのは「土いじり」だった。祖父の浩一に付いてまわって、芋ほりをしたり、草むしりをしたり、虫を捕まえて育てたりすることには夢中になっていた。もちろん、祖父のことが大好きだった。言うまでもない。

 

 幼稚園での様子は純子の母が園長であるのだから、翼の様子は逐一知ることができた。行事参加は翼の1番苦手とするところのようだった。舞台の上で台詞を言う、走ってリレーのバトンを次のお友だちに渡す、盆踊りの輪に入って踊る。他の子どもたちが普通にできていることが何一つできない。だからと言ってみんながみんな上手にやっているわけでもない。5、6歳児なんてそんなものだ。ふざけてじゃれ合って、だらだらして‥‥‥。それだっていいのになぜあそこまで頑ななんだろう。片隅でシクシクしている時もあれば、ギャーギャーと喚くときもある。

 

 浩一と政子にとっては自分たちの血のつながった孫なわけだから、どれほど心配したことだろう。純子は 両親にすまないという気持ちになった。

「あの子、園長の孫らしいわよ」

そんな誰かの陰口が聞こえてくるようだった。

 

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