「だから!泣くなっつってんだよ!!」
明子はいつもの自分のマッサージスティックで流星の尻を叩いた。以前、ビール缶を投げつけた時に、瞼の上を切り、保育園の看護師に指摘されあやうく児相に話を持ち込まれそうになった。
なんで流星はこんなに泣虫なのか。
「男なんだから泣くな!」
明子は叩くこともしつけの一環と思っている。先日は、鼻水垂らして涙とよだれでぐちゃぐちゃになった顔を明子がはいていたお気に入りのパンツに押し当てられそうになって慌ててよけた。顔から転んで絨毯が汚れた。それを横で冷めた目で姉の未来が見ていた。その目が一重で可愛くない。明子の昔の目にそっくりだった。
明子は生まれてすぐに、児童養護施設に預けられたようで、そこで育った。名前も明るい子って、適当に付けられたのだろう。明子はこの名前が嫌いだ。預けられた経緯も何もわからない。もちろん、親の顔も知らない。18歳になり、施設長の紹介で食品工場で袋詰めの仕事をしたが、明子が満足のいくお給料ではなかった。夜の街には魅力があって、数年後には明子はそこで収入を得るようになった。念願の1人暮らしが始まった。
シュウと親しくなった。今までの生い立ちから、悩み、辛かったこと、彼には全部話すことができた。そのうち妊娠がわかった。シュウは、次第に離れていった。
生まれた時からその人の人生は決定づけられていると明子は思う。明子よりずっと不細工で、成績だって明子と大して変わらない子が、堂々と高校に通い、彼氏までつくって、楽しそうにしている。自宅から通い、バイトで得た収入は全部自分のお小遣いのようだ。
「なんで自分はこんなに不幸なのだろう?」
いつもいつもそんなことを考えていた。そして行き着くのは
「自分の人生はこうなんだ」
って結論。
そして、同じことを繰り返した。3人目の子どもは流産だった。父親はみな違う。さすがに懲りた。
「これだけはもう2度と繰り返すまい」
それから明子は避妊だけには注意を払った。避妊具に頼らなくても今は便利な方法がある。
今、明子は2人の子どもを子リス保育園に預けて働いている。ようやくたどり着いた保育園だ。園長は明子が今まで出会ったことのないような女性だった。
保育園入園にあたっては、30歳も年上の力になってくれる男性がいた。会社を経営している。明子はそこの事務職員という正社員だ。大した仕事もしていないが、社長が社労士先生を上手く騙しているみたい。
明子は自分が父親の顔も母親の顔も知らずに育ったこと、不満だらけだ。歯を食いしばって施設で過ごした。それに比べれば、未来と流星のなんと幸せなことか!明子という母のもとで暮らせているのだから。食べるものも与えている。
昨夜は、2人を寝かしつけた後、彼氏のところに遊びに行った。その時だけは笑っていられる。未来と流星のことを忘れられる。
朝早く、自宅に戻るときに早足になるのは、明子にも母性というものがあるからなのか?施設に預けたらどうかという話を何度もされたけれど、それに抗っている自分が自分でもよくわからない。今の園長の存在が、なぜか明子は気になる。
でもでも……
「お国のために2人も子どもを産んだんだよ。いざとなったら国が面倒見てくれよ!」
不定期に続きます![]()
