さつきは、妊娠中の母親学級で仲良くなった友人の話に

「なるほどなあ」

と思った。保育園入園のために提出する書類について、H市では、希望する保育園を第8希望まで書けることになっていた。友人はどうしても保育園に子どもを預けたかった。なんたって彼女はシングルマザーで、頼れるはずの両親とは疎遠だ。懸命にリサーチして、8つの保育園を選び出し、欄をすべて埋めた。

 

 結果、決まったのは第7希望の保育園だったらしい。

「入園できたからよかったじゃない」

とさつきは言ったが、彼女は断言していた。

「これは絶対に市の陰謀だ。自分の方が明らかに有利なのに、第7希望の保育園に決められてしまった」

役所に電話までしたらしい。

 

 言い分はこうだった。

「とにかく市としては『待機児童ゼロ』を目指したいのよ。私より不利な人がA保育園に入れて、私も上位でAを希望していたのに入れてもらえず、第7希望のB保育園に決められたってわけ。その人はそこのA保育園一択だったらしいの。だから、私だってA保育園だけを記入していればよかった。どうしてもどこかで預かってほしい気持ちが仇になったわよ。どう考えてもおかしいでしょ?でも市は『厳正に決めております』『個人情報なのでこれ以上はお話できません』って言うだけよ」

彼女の怒りは沸点に達していた。

 

 確かにたとえ下位であろうと希望者の少ない園の記載があれば、市としてはこれ幸いとばかりにその人を割り当てるだろう。「待機児童ゼロの市」と声を張っているが、おかしなからくりがありそうだ。

 

 さつきは第1希望ではなかったが、今では子リス保育園に入園できたことを幸いに思っていた。園長の人柄だった。子どものことを第1に考えて、動いてくれる。できる限りのことをしてくれる。

 

 翔の状況を園長先生に相談したところ、さつきが仕事を辞めても杏が保育園に通えるように、市と掛け合ってくれた。

「あと1年だものね」

園長先生の言葉が温かかった。

 

 それでもさつきの心は穏やかではない。やっぱり、根本にあるのは翔のことだ。夫も一緒に考えるとは言ってくれたもののこれからどうなるんだろうか?最悪、お弁当を毎朝作ることになってもいいから校内のどこかで1人で食べさせてほしいとか、何か学校に掛け合ってみようか‥‥‥。

 

 翔が

「学校に行きたくない」

と今にも言い出しそうでさつきは眠れない毎日が続いていた。辞職についてはあれほど悩んだが、今では取るに足らないことに思えていた。杏の問題が落ち着いたことが大きい。

 

 いざとなったら辞職すればいい。

 

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