翔は学校でいじめられたり、勉強が嫌だというわけではないようだった。ただ、みんなと一緒に給食を食べることが嫌なのだと。そして、それが完全にできなくなった。今はさつきが毎朝、お弁当を置いて出社している。翔は4時間目の授業が終わると一旦家に戻り、急いでそれを食べて、5時間目の授業に間に合うように、学校へ行く。

 

「本来であれば、そういったことはできないのです。一旦登校したら、学校は大事なお子さまをお預かりしているということなのです」

担任の言うことはもっともだ。今は緊急の対応で学童の先生が個人的に付き添ってくれている。それも冬休み前までと言われている。3学期からはどうしよう‥‥‥。

 

 「僕が在宅の日や、休めるときはお昼の送り迎え、やるよ」

と夫は言う。

「それ以外はどうするの?全部私?子育てって、2人で担うって言ったけど、やっぱりこうじゃん!」

夜、子どもを起こさないように始まった夫との話し合いもエスカレートし、ついにさつきの声が荒くなった。

「あ、ごめん‥‥‥」

夫はその後の言葉が続かなかった。

 

 その昔、東野圭吾の小説にあった。「子育ては、その子の将来を考えて、その時良かれと思うことをずっとやり続けることなんだ」ってそんな内容だったかな?イラついているはずのさつきの頭におぼろげながら冷静にそんなことが浮かんできた。

「子育てに休みはない。ずっとずっと継続するものなんだ。子育てに、『今日はちょっと休んじゃおうかな』はないのだ」

 

 さつきは夫と自分の仕事内容や給料の点から、自分が会社を辞めることを考えて始めていた。辞めたくはないけれど、どうせ仕事についてはさつきの代わりはいくらでもいるだろう。けれど、翔の母は私しかいない。

 

 ところが、困るのは杏のことだ。翔には妹がいた。『子リス保育園』に通っている。翔も通った温かみのある保育園で、さつきも気に入っていた。杏もお友だちができて、このまま卒園を迎えられると思っていた。ここで、さつきが仕事を辞めたら、杏は保育園に通えなくなる。あと1年半、この時期にきてこういう選択を迫られるとは‥‥‥。

 

 杏が2~3歳ならば、ごまかせるだろう。5歳の杏は事情なんて分からなくても自分に起こることは理解できる。泣き叫ぶに違いない。

「みぃちゃんとあそべなくなる」

「たつやせんせいじゃなきゃいやだ」

 

 4年も共に過ごしてきた先生やお友だちと、彼女にとってはなんの落ち度も無い理由で離れ離れにさせられる。そうしたくないのはさつきも一緒だった。さつきはそれが苦しかった。夫ともう一度じっくり話そう。期限は差し迫っている。

 

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