さつきも夫もそんなに神経質なタイプではないと思っていた。そりゃあ、コロナの時は子ども達にもマスクを付けさせた。

「翔、マスク、忘れちゃダメだよ」

 

 ある日、翔の手洗いの仕方を見てびっくりした。プッシュすれば泡が出てくるハンドソープを使っていたが、彼は、手のひらに泡を乗せたと思ったら擦ることもしないでそのままそれを水で流した。水遊びを楽しんでいるかのように。

「何の意味もないじゃない!」

思わず怒鳴ってしまった。

「いつからこんなやり方していたの?」

さつきはすぐに泡タイプのものから、液体タイプのものに変えた。そして、泡が立つまでしっかりと手を擦り合わせることを教えた。それが細かすぎる指導だったとは思っていない。

 

 翔は、コロナが5類に移行してからもマスクを外したがらなかった。

「もう外したかったら、マスクはつけなくても良くなったよ。自由だよ」

さつきたちが何度言っても外出時に翔はマスクをしたままだった。そのうちに何とかなるだろうと思っていたが、甘かった。

 

 翔は1年生になってから学校のサッカークラブに入った。さつきがショックだったのは、春休みに行われた、昨年度の6年生を送る会で、記念写真を撮った時のことだ。さつきもお手伝い要員としてその会に参加していた。土曜日の活動ですら日頃の溜まった家事をこなすのがやっとで、なかなか翔の様子を見られなかったから、良い機会と思って、お手伝いに立候補したのだ。

 

 その日は学校の教室を借りて、おやつや飲み物を配った。ちょっとしたお楽しみ会のようなもので、コーチからの言葉や6年生のパパママからの挨拶があった。お決まりのビンゴ大会もやった。卒業していく6年生も一言ずつ挨拶をした。さつきはしっかりした6年生に感動した。数年後は翔もあんなふうになれるかと期待しながら聞いていた。

 

 そして最後に記念撮影をした。その時、翔はマスクをつけたままだった。

「みんな揃って写真を撮る時くらい、マスク外そうか‥‥‥」

カメラを持った1人のパパが言った。が、翔は1人だけそのままだった。首を横に振っていた。空気を察したママたちが

「あ、無理しないでいいんだよ。マスク外したくなかったらそのままでいいからね」

と気遣ってくれた。

 

 さつきがふとみると、翔の前のテーブルに置かれたおやつは袋にりぼんがかかったまま手付かずだった。オレンジジュースももちろん。

 

 2年生になり、翔の行動はエスカレートしている。手洗いには5分以上かける。ずっと両手を擦り合わせているが、学校ではどうしているのだろう?

 

 そして、それは突然だった。スマホが鳴った。職場であったが、昼休み中だったのは幸いだった。画面を見て、登録してある翔の学校の電話だと気づいた時は

「熱でも出したかな?また早退しなくちゃいけないかな?」

と軽く考えていたさつきだった。ため息さえ漏れた。

 

 が、事態は発熱よりずっと深刻だった。担任から知らされた。

「翔さんがどうしても給食を食べられない、ということで、何も口にしないのは危険もありますから、とりあえず、保健室に移動して今、牛乳だけ飲みました」


「みんなと一緒に食べるのが嫌だ」

それが翔の言い分だった。

 

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