「パートでもなんでもいいから、オカンにも働いてもらいたい」
息子夫婦からのお願いがあったのは2年前だった。
「里奈も仕事は続けるから、そろそろ保育園のことを考えなくちゃいけないわけよ。オカンだって60だし、毎日星羅の面倒をみるなんて無理だよ。オカンの身体だって気になるし、だから、保育園を考えて、今は保活中。ポイントを稼ぐには、祖父母が近くに住んでいないとか、住んでいるけど仕事をしているから預かることができない、とかいろいろあるんだよ。パートでもなんでもいいからさ」
「ポイント?」
その時の千加江には何が何だかわからなかった。どうも保育園にも人数枠があるから、その家庭状況をポイント化して、入園の優先順位を決めるらしい。保育園に入りづらいとはニュースで知っていたが。
更に息子は続ける。妊活をしてなるべく4月5月あたりに出産を迎えるようにしたというのだ。それが有利なんだと。補助金などについても3月生まれより、ずっと得だという。千加江は、損得で子どもの生まれ月を考える息子にショックだった。子育て夫婦はそこまで追い詰められているのか?
実際、星羅は4月生まれだった。翌年4月からの保育園入園に向けて、息子夫婦は動き出した。笑うようになって、可愛くなってきた時期に1日の内の3分の1以上の時間を離れて過ごすことことをしようとしている。
「断乳を考えても4月生まれはスムーズなわけ。秋生まれの子なんて、ママがおっぱい絞って冷凍して届けるんだよ」
秋には書類を提出するのだ。千加江は、今の若いパパママが不憫に思えてきた。
そんな理由で再び働くことになろうとは思ってもみなかった。息子はともかく、お嫁ちゃんの願いならばなんとかしようと思った千加江だった。と言ってもこの年齢ではなかなか仕事先は見つからなかった。
そんな時、隣の市に住む友子からラインで話があった。彼女とは、かれこれ40年以上の付き合いになる。
「ウチの保育園でパートさんを探しているけれど、千加江、どうかなぁ?」
『子リス保育園』は、評判がよかった。それになんたって友子からの話だ。
「園長先生も信頼できるし、先生やパートさんもみんないい人だよ。そりゃぁ、何にもないってわけじゃないけど、パートだしさ!気に入らなかったらやめてもいいし」
「友子らしいな」
千加江は、一旦勤めたら気に入らないからってすぐにやめるなんて考えられない。
千加江は、早速保育園に行き、面接を受け、採用となった。友子の紹介というのも功を奏した。友子が園長先生からの信頼が厚いことがわかる。
友子と会う回数が増えた。以前は年に1回ほどのペースで仲間5人でランチしたりしていたが、今では千加江の家で友子と2人でおしゃべりだ。どこで誰が見ているか聞いているか、保育園の地元で立ち話は危険だ。話題は当然、プライベートから始まって、保育園での話にも及ぶ。安心して大きな声も出せない。
友子は5人の子持ちだが、みな独立している。いや、長女だけが結婚して九州に住んでいると聞いたが、他の4人は家から職場に通っているらしいから、それは独立と呼ばないのかな?
「5人も生んだのに、孫は1人よ。婚活と言ってもなかなか出会いがないとか、今の給料じゃ結婚できないとか言って。家から通って少しでも貯金を殖やすんだ、なんて調子のいいこと言っているけど。結局友だちと飲み歩いたり、趣味に生きたり、今後どうすることやら‥‥‥。このまま家で子どもらと暮らすとなったら、私、参っちゃうよ。ま、夫と2人だけっていうのもさらに恐ろしいか!」
大きな口を開けて笑う友子の銀歯が見えた。
それでも千加江の息子夫婦の『保活』の話にはびっくりしていた。
「確かに入りにくいとは聞いてたけど、そんなに大変なんだぁ。じゃ、私の話、渡りに舟だったってことね」
友子の娘の地域では子どもが少なくて、いつも園児募集しているから、働かなくても保育園に入れるらしい。
「ねえねえ、就活、婚活、妊活、保活ってさあ、言葉としては『ナントカの活動』ってことで間違いはないのかもしれないけど、なにかに追われている気がしない?だって少なくとも私たちの時代に『妊活』なんてなかったよね?」
友子がクッキーを手にしながらもごもご口を動かした。
「ほんと、ほんと、私たちはもうそれらは終わったってわけか。いい時代に終えたわ。今の若い人たちは大変だね。まだまだ何かに追われ続ける生活か……」
千加江が頷くと友子が言った。
「いやいや、これから私らには終活が待っているわよ!」
2人でクククッと笑った。
「あ、それからラン活があるわよ」
ランドセル購入がラン活とは……。そして、それをどちらの祖父母が買うかも大きな問題らしい。 千加江は初めて知った。ゴールデンウィークには毎年その活動が始まるんだって。
千加江は、友子とのこの時間が気に入っている。
不定期に続きます![]()
