その子を湊と名付けた。湊の発達は遅れてはいたけれど、彼なりに成長していることがわかって、佐和子は喜びを感じていた。
出産後すぐに赤ちゃんと対面した。そこにはダウン症児特有の顔があった。でも愛おしかった。妊娠中にどれほどの時間、ネット検索をしただろう?暇さえあればダウン症、育て方、苦労、喜び‥‥‥見つくした。それでなのか、次第に心も落ち着いていた。大きな決断をして、受け入れる気持ちが明確になったことも理由かも知れない。
同時に、今の医学の技術には驚かされる。妊娠後期にはエコーによって、子どもの状態が知れる。心疾患も見つかった。佐和子は小児科のある総合病院を紹介され、そこで出産したのだった。
「ダウン症児は総じて短命である」
本当のところは、佐和子はネットで見たこの一文に救われた。だって、この子を残して死ねないもの。世の中のダウン症児の父母が佐和子のこの言葉を聞いたら怒るだろうか?
心臓に関しても湊は、2回の手術を無事に終えた。最近は笑ったり、怒ったりの表情がしっかりとしてきて、ますます可愛くなってきた。かんしゃくを起こして泣く姿さえ、その成長が感じられて嬉しかった。
大変ではあったが夫と共に自分たちの選択に間違いはなかったと納得できる毎日だった。加配といって、湊の様子を特別に見てくださる先生を個別に付けて、姉の琴葉が通った子リス保育園で受け入れてもらえた。子リス保育園には看護士さんも常勤しているので、安心してお任せできた。湊が入園したのは5歳を過ぎていたからだったから、一緒に通いたいという琴葉の希望は叶えられなかったけれど。
夫と仕事を休んで「あおぞら」というダウン症児の親の集まりにも参加している。そこでの皆さんとの交流が支えになっていることは確かだ。子どもを連れて行っても良いので、時々は湊を連れて参加する。
最近気になっているのは、実は湊のことではない。姉の琴葉の様子だ。彼女は優しくて細かいところにもよく気が付く、湊にとっては最高の姉だ。一緒に遊んでくれる。不平不満も口にしたこともなく、学校関係も何も言うことはない。学習もきちんと理解し、宿題も進んでやる。担任からの報告も友だち関係も良好で、全体の仕事も進んで取り組んでいるそうだ。申し分のない4年生だ。だからなおさらのこと、佐和子と夫の目はどうしたって湊に注がれる。時間だって湊に割かれる。
佐和子は気になる。仕事から帰って、よく笑う湊には癒される。一方の琴葉は表情が硬い。プラレールの線路を組み立てられないと怒りを顕わに顔を真っ赤にして叫ぶ湊に対して、だまって琴葉がブルーの線路を湊から受け取った。
「ほらね、こうすればいいんだよ」
と優しく笑って。
『HSC』その単語は以前から耳にしていた。その特徴をネットで検索する。多くの項目で琴葉が当てはまることに愕然とした。このままで大丈夫なのだろうか?
子育ては大変だとは想像していたが、楽しめるものだと思っていた。次から次へと悩みがやってくる。琴葉の出産から半年たった頃
「独身時代に運転免許をとっておけば良かった」
と急に思った。が、実際は琴葉のお世話で身動きが取れなかった。母が
「子育てはいつだってそんなもの。やろうと思ったことをその時にやらないと、違う大変さがいつの時にもやってくるわよ。教習所に行きたいのなら、私が琴葉の面倒みるから行ってらっしゃい」
とまで言ってくれたのに。あっという間に育休も終わり、母の言ったとおりになってしまった。
生後6か月の琴葉の育児に追われていた自分が、今は信じられない。
「おっぱいも飲ませたばかり。オムツも替えたばかり。なのになぜ泣くの?」
「母乳は足りているのだろうか?」
「なんだか右側の目だけが外を向いている気がする」
あの頃の悩みのちっぽけなことに、改めて佐和子は気づいた。
琴葉の心からの笑顔が見たい。
不定期に続きます![]()
