2人目の妊娠中、医師から告げられた言葉に佐和子は頭が混乱した。想像もしていなかった。医師の説明によると、エコーで見た赤ちゃんの後頭部から首にかけてのむくみが平均より厚いということだった。
「必ずしもそうということではありませんが、このむくみはダウン症のお子さんに見られる症状です。出生前診断を受ければ確実なことがわかりますので、ご主人と相談してみてください」
何を言われているのか最初は理解できなかったほどだった。
琴葉の時は、初産の不安はあったものの、つわりもなく、仕事も産休に入るまで、無事に勤めた。母子手帳をもらい、妊婦さんマークをカバンにつけたが、初めてつけたその日に出勤途中の電車の中で切れたみたいで紛失した。満員電車で東京駅まで運ばれていったことだろう。だれも優先席を譲ってくれず、「私は妊娠しています」と叫びたいくらいだった。決して座りたいからじゃなく、それほど嬉しかったのだ。
琴葉も4歳になり、
「うちにも赤ちゃんが欲しい」
と言うようになった。保育園のお友だちが弟妹と一緒に通う姿に、自分もお姉さんになりたいと思ったみたいだ。夫も琴葉に弟か妹ができたら、と思ってはいたが、佐和子の負担を考えると、言い出すことはできなかったようだ。佐和子の
「そろそろ2人目を考えたい」
の言葉に、嬉しそうに頷いた。
そうして待っていた妊娠、喜びは大きかった。琴葉の時と同じように出産まで何事もなくたどり着くと信じていたのに。その日、姉の琴葉をどのように保育園までお迎えに行ったかも覚えていない。何とか涙をこらえ、笑顔を作ったことしか覚えていない。
その夜、琴葉が眠りについた後、夫と向かい合った。何も考えられず、涙も枯れ果て、うつろな目をする佐和子に夫は黙って頷くだけだった。その日はそのままになった。「そうだ」と決まったわけでもない。30代前半は今では高齢出産ということでもない。初産でもない。佐和子は、否定できる何かを必死に探していた。
その日から、時間はどんどん経過した。仕事だけは何とかこなした。琴葉の時に何もなかったつわりというものを知った。おなかの子どもは成長している。
それでも夫との話し合いの末、産むことを決めた。まだ、何もわかってはいない。わかったからと言ってこの子をどうにかしてしまうなんて考えられない。この子も琴葉とかわることのない私たちにとってのかけがえのない命だ。次の検診で医師に伝えた。
「出生前診断は受けません」
「わかりました」
佐和子の話をじっくりと聞いてくれた後、眼鏡の奥の目が優しくうなずいていた。
不定期に続きます![]()
