中学1年生の秋、少し気になる彼ができた。後半は思い出したくもない出来事があり、
「中学時代は消し去りたい」
とずっと思ってきたのだが、50年以上が経ち、気にならなくなった。そしたら、逆に記憶の奥底から気になる彼がやってきた。
どうして『星新一』さんだったのか、彼と私はその小説に魅了され、お互いに本の貸し借りをしていた。最初の1冊は、どちらからの声掛けだったのかも忘れたけれど、題名だけは覚えている。『ノックの音が』というショートショートの読みやすい小説だった。
土曜日の午前中、休み時間になんとなく二人で短い会話をする。
「今日は、買い物がある」
とか
「テニスシューズを見に行く」
とかが合図になる。私たちの住む地域から少し自転車を走らせると繁華街があった。大体の買い物はそこでできる。
買いたいもの、見たいもの、を一人で見た後、必ずその街にある大きな本屋に立ち寄る。そこに行けば、相手に会える。会えるまで単行本文庫本、漫画の立ち読みをしながら、逆に相手を待つ。お買い物を一緒にすればいいのに、そこは別々だった。「本屋さん」ってところが「自分達は健全な中学生です」を主張しているようだ。
時々はどちらからともなく
「今日は図書館行く予定」
とか、試験前には
「地域センターの学習室で勉強する」
なんて言って、そこで会っておしゃべりをする。
映画やお茶すらなかった。手をつなぐこともなかった。
本格的なデートに発展してお付き合いすることもなく、数カ月でそれは自然消滅した。お互いに好きと言うより、そんなちょっとしたデートまがいのことに憧れていたのかもしれない。
ただ、今思い出すと、どこかウキウキするようなキュンとするようなできごとだった。彼は、グリーンガムが好きで、いつもポッケに入れていたっけ。差し出されて、よくもらったから、今でもロッテのグリーンガムを見ると当時のことを鮮明に思い出す。並んで歩く、それだけでよかったのだ。
大人になってからのお付き合いとは比べられないあのときめきはなんだろう?ただただキュンとする感じ。中学生という思春期特有の感情なのか?
そして、65歳女性のこの話、今のひと世代、ふた世代下の中学生はどう思うか興味がある。だって、私にとっては両親や祖父母ってことでしょ?まったく想像ができない。着物姿?でどこをうろつくのかしら?手紙の交換とかしてキュンとするの?
ということは、若者には私のこの話のどこが胸キュンなのか理解してもらえないのかな?コソコソとまどろっこしい約束をしなくても今はスマホがあるものね。
今の若者はどんなことに胸キュンするのかな?時代は変化するし、それに伴って人の気持ちも変化する。
