高校入学のお祝いに、母が腕時計を買ってくれるとのことで、街に出かけた。私は身体が大きく、女性用の腕時計よりも男性用の大きくて、見やすいものが欲しかった。文字盤が薄いブルーのセイコーの腕時計を私は一目で気に入り、何度も

「男物でいいの?」

と聞く母に

「うん。ありがとう」

と言って買ってもらった。

 

 今までは小中と、地元の仲間だから入学式といっても知った者同士。高校は、ほとんどが知らない人ばかり。最初の頃、

「彼の時計なの?」

とよく聞かれたが、私にそんな人はいなかった。むしろ中学時代に親をも巻き込む男女トラブルに、私の心は憶病になっていた。そんな時、この男性用の時計は私の腕でお守りのような役割も果たしてくれるのだ、と思った。 




 

 でも私に好意を寄せてくれる人などおらず、自意識過剰なだけだったわ。

 

 1年生の時、大きな出来事が起こった。学習発表会?の準備中、あまりにも夢中になって床にひれ伏すように模造紙に向き合い、油性黒マジックを使っていた友人が突然意識を失ったのだ。慌ててみんなで保健の先生や校長先生を呼びに行き、教頭先生は救急車の手配をした。

 

 何が起こったのかわからず、右往左往する私たち生徒。校長先生がいきなり私の腕時計を見て

「貸してください」

と言って彼女の脈をとり始めた。私のそれは大きくて、秒針も見やすかったからだと思う。ダンディーで優しそうな先生だったから、私はその校長先生が好きだった。

 

 私が一番近くにいて様子を知っている、ということで救急車に保健の先生と一緒に乗り込んだ。軽いシンナー中毒とか聞かされた記憶がある。事なきを得た。私はほっとした。でもあの一般的なよく目にする黒の油性マジックです。そんなことになっちゃうなんて、恐ろしい。

 

 彼女も元気に登校できるようになり、行事も無事終了し、校長先生とお話(いろいろな状況を説明)をした。最後に

「良い時計ですね」

と腕時計を褒められた。見栄えを気に入って買ってもらった時計だったが、友人を救った時計のような気がした。

 

 今、腕時計をする人は少ない。スマホに時計はついているし、秒針はなくてもそんな機能はついているだろう。でも私は腕時計が好きだ。デジタルではなく、アナログ。

「あと〇〇分で△時」

とかが一目で分かる。

 

 女性が好みそうなダイヤがちりばめられたもの、私は好まない。(そもそも高価すぎて買えません)時計そのものの姿で、精巧に作られたそれはとても美しい。あんな小さな中にどれだけの部品が詰め込まれているのだろう。それらがしっかりと絡み合って役割を果たし、正確に時を知らせる。私は、指輪やネックレスよりも好きだ。子ども達の成人のお祝いには腕時計を贈った。

 

 私もほんのいくつか腕時計を持っているが、いつか宝くじでも当たったら、桁の大きく違うそれを購入したいものである。