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東京ブレイズ二代目社長のつぶやきブログ

世間ではあまり知られていない「ろう付」を生業に、日本の科学技術の下支えに本気で取り組んでいる、中小企業の2代目社長が日頃思った中小企業経営やろう付技術と業界、その他さまざまなことについてつぶやきます。

世の中はいつでも動いています。

だから変化に対応することは大事。

でも人間は基本的に変化したくない

生き物なのです。

 

だからできれば変化したくない。

ではどういう時に変化するのか。

それは命の危険が迫っているとき

なのだそう。そうでない限り

そのままでいることを選択する

DNAが備わっているのです。

 

それでもなぜ現代ではあえて変化に

チャレンジしなければならないのか。

それは世の中が変化しているからです。

否が応でも変化は起きているのです。

だからその変化に対応しないと

世の中から遅れて行ってしまうのです。

 

別に変化しなくてもいいよと言う

人もいるかも知れません。確かに

それは個人の自由ですが、

会社はそう言う訳には行きません。

会社はいつでも社会に必要とされ

社会に貢献できなければ存在する

意味がないからです。

 

でも、確かに変化にチャレンジするのって

ちょっと面倒ですよね。しかも

いきなり大きな変化なんか起こせない。

だから、小さい変化を常日頃起こす

努力が必要なのです。

 

例えばいつものお店でランチではなく、

行ったことのないお店に行く。

いつも食べているものではなく、

普段頼まないようなメニューを頼んでみる。

こんなことで良いのです。

それこそが変化なのですから。

 

先日9歳の娘から、お父さんはなんで

おじいちゃんの会社を引き継いだの?

仕事は、会社を引き継いだのは大変?

私もお父さんの仕事をした方がいいの?

 

ある朝、突然聞かれました。

まあ、いつかは来る質問だと思って

いましたが、こんなに早く聞かれるとは・・・。

 

お父さんはおじいちゃんの始めた仕事が

良いって思ったから引き継いだんだよ。

会社を引き継ぐのはもちろん大変だけど

それはどんな仕事をするにしても大変だよ。

あなたは自分の好きなことを見つけて

将来仕事を選べばいいよ。ただし、それは

必ず誰かの役に立つことじゃないといけないよ。

 

娘を見つめながら自分はこう答えたのでした。

しかし、果たして自分は最初から本当に

そう思っていたか。いや、じつは実際は

自分は本当にやりたいことを学生時代に

見つけることができていませんでした。

また、周りの環境が長男の自分が

創業者の仕事を引き継ぐのは当たり前だとの

雰囲気があったのは事実です。

 

では、今はどうか。今は全く違います。

心から父がこの仕事を自分に残してくれて、

引き継ぐことができて良かったと思っています。

仕事を続けて行く上で、本当に嫌になったり

会社に行きたくなくなったり、面倒くさくなることが

たびたびありました。でも、今ではこの仕事を

通して色々な人と出会うことができ、

この仕事をしているからこそ、人から世の中から

感謝されることがあります。

 

その時、本当にうれしさが湧いてくるし

この仕事を心から好きだと思えるようになりました。

 

自分が本当にやりたいことを見つけるのは

大変だと思います。また、本当にやりたいことが

仕事になっている人は稀だとも思います。

でも、自分で決断したことを真摯に取り組むと

本当に好きなことが見つかることがあると

信じています。自分の娘たちにもそのように

自分が好きなことを見つけてほしいですね。

 

“強み”は誰にでもあります。しかし、

自分自身でその強みをちゃんと把握したり

理解している人はほとんどいません。

 

そもそも強みって何でしょう?

先日都内某大学でキャリア支援授業を

担当させて頂きました。

そこで話したのが“強み”の話。

自分の実体験から強みとは何かを

話させて頂きました。

 

まずは学生の皆さんに自分の強みって

知っていますかと問いかけたところ

驚いたことに多くの学生が自分の強みは

何々ですと言ったのです。

 

しかし、それは実は就職活動で

自分の強みを聞かれたら答えるため

だったのです。なので、それはちょっと

違うよと話したら、えーっとなっていました。

 

強みとは自分が得意なことや自慢できること

好きなことではありません。

強みとは、自分から自然に出ている魅力や

相手からの期待なのです。

 

しかし、誰にでも理想の、憧れの自分って

いますよね。カッコイイ姿、できる姿、シュッとして

スマートな姿。しかし、必ずしもそれらが

自分の強みになるとは限らないのです。

 

逆に自分がコンプレックスに思っていたり

弱点だと思っていることが、本当の強みの

場合があるのです。

 

自分は運よく自分強みを教えてくれる人と

出会いました。お前の強みは天然なところだ、

空気が読めないけど嫌われないところだ、

なんて言われました。完全に自分では

コンプレックスなところでした。

 

それでも10年以上かかってそれが自分の

強みだと知りました、と言うより実感した感じです。

 

強み何て簡単には見つかりません。もし

強みをちゃんと理解していて自分自身を

知っていて活躍できていれば

もっともっとたくさんの人が容易に成功者に

なっているはずです。

 

現実は違いますよね。だから自分の強み探しの

旅に出てみませんか?そして、本当の自分の

強みを知って生かすことができれば

人生がどんどん面白く楽しくなっていきますよ。

 

残念ながら日本の人材は国際的ランキングで

評価が低いと言う結果が出ています。

その理由は、日本人は大学入試までは必死に

勉強しますが、それ以降は勉強しないからだそう。

 

それは日本企業が専門能力を評価しない

からだそうです。アメリカでは、大学や大学院での

成績で所得が決まるため学生は必死で勉強するのです。

 

このランキングで注目されるべきは、日本の評点は、

高校までの教育成果を表す「PISA評点」では

世界第5位と非常に高い評価であるにもかかわらず、

「大学教育」では54位と低い評価になってしまいます。

 

つまり、日本人は高校生までは真面目に勉強するので

世界トップクラスの評価になるが、大学に入学してからは

勉強しないので世界最低位に近い評価になってしまいます。

 

では、なぜ日本人は大学で勉強しないのでしょうか?

それは、日本の企業が大学や大学院での教育成果を

賃金面で正当に評価しないからなのです。

 

日本の企業は採用にあたって大学卒という枠を設けています。

ただそれは「大学卒の枠で採用した人員は将来幹部に

昇進しうる」という意味であって、大学で学んだ専門知識を

評価しているのではありません。

 

その証拠に大学卒新入社員の初任給は

一律同額であるのが普通です。金融機関では、

企業間でも1円の違いもないほど一律です。

大学卒といっても能力は個人によって大きな違いが

あるはずなのですが、そうしたことは一切評価されません。

 

一方大学は、入学した学生はよほどのことがない限り

卒業させます。だから学生は勉強しない。そしてアルバイトと

サークル活動に精をだす。

 

結局、日本人が勉強するのは大学受験までの

期間だというのは、日本の賃金制度の下では

合理的な行動なのです。

 

これは、アメリカの場合との大きな違いになっています。

アメリカの学生は大学に入学してから、あるいは大学院に

入学してから「死に物狂いで」勉強をします。なぜなら、

そこでの成績で初任給が大きく違うからです。

 

特に、ロースクールやビジネススクールなど

「プロフェッショナルスクール」と呼ばれる修士課程相当の

大学院では、それは顕著です。MBAなどの学位をとれば、

著しく高額の初任給を期待できます。しかも、

どのビジネススクールの、どの専門で、どれだけの

成績だったかによって、初任給が大きく違います。

 

また、アメリカの大学は入学できても自動的に学位が取れる

わけではありません。成績が悪ければ途中で

容赦なく落とされます。そして、就職先の分野によって

年収がかなり違います。どの分野の企業に入れるかは、

成績によって大きく影響される。

だから、大学生は死に物狂いで勉強するのです。

 

では、日本の大学生が勉強しないのはすべて彼らの

せいでしょうか?そうではないと思います。

日本の教育体制と日本企業の賃金構造を

根本から変えない限り、凋落日本の根本的な状況が

変わることは期待できません。政府がそこに気付いて

今すぐにでも手を打って欲しいところです。

 

※PISA調査とは、OECD(経済協力開発機構)が、

義務教育修了段階の15歳児を対象行なっている

学習到達度調査。読解力、数学的リテラシー、

科学的リテラシーの3分野で実施している。

 

“暗いと不平を言うよりも

あなたが進んで灯りをつけなさい“

これは彼女の言葉です。

 

彼女は21歳で教師になり

地理と歴史を担当しました。

面白く生徒から絶大な人気があったそうです。

34歳にその学校の校長となりますが

その2年後すべてを捨て

“もっと貧しい人の間で働くように”と

神からのお告げを受け学校を辞めて

インドのスラム街に行きます。

 

当時のインドは独立したばかりで

宗教間での争いが酷く

数百万人が亡くなっていたり

インド独立に大きく貢献した

マハトマ・ガンディーも暗殺されたりと

混乱の中身を置くことを選びました。

 

手始めに学校に行けない子供たちを集め

無料で授業を始めます。

彼女の噂は徐々に広がり

彼女の元に学校時代の教え子などの

ボランティアが集まり

活動を応援しようと寄付も集まります。

 

その集まったお金で人を救う団体や

人の最期を看取る施設を建て、

その活動は国を超え世界に広がります。

その後、彼女の活動に対しいろんな国からの

たくさんの賞をもらいますが

最も有名なのはノーベル平和賞です。

彼女はその賞金すべてを寄付しました。

 

人類史において今現在でも宗教の違いで

争いや戦争が頻繁に起きている現在でも、

宗派を超えるすべての人のために、

無償の愛を多くの貧しい人、困っている人に

彼女は言いました。

 

“愛とは感情を持って小さなことをするのです”と。

 

私は神が握っている、ただの1本の鉛筆です | 白髪用 ヘア ...