写真はスマホで撮るのが当たり前の時代ですが、フィルム市場がピークを迎えた2000年頃、カメラ業界には巨大なデジタル化の波が押し寄せていました。わずか10年ほどで写真フィルムの需要がほぼゼロになるという破滅的な外部環境の変化に対し、世界の2大巨頭だったコダックと富士フイルムは、全く異なる戦略で挑むことになります。同じ危機に直面しながら、なぜコダックは倒産し、富士フイルムは過去最高益を更新するほど劇的な復活を遂げられたのでしょうか。その明暗を分けたのは、自社事業の定義と、コア技術に対する捉え方の違いでした。
世界で初めてデジカメを発明したコダックの最大の悲劇は、あまりに優秀なビジネスモデルを自ら確立していたことにあります。彼らはカメラ本体を安く売り、高利益なフィルムの販売と現像代で稼ぐ高収益構造を誇っていました。そのため、デジタル化の波をいち早く察知していながらも、「デジカメを普及させれば、一番儲かるフィルムが売れなくなってしまう」という共食いの恐怖に囚われてしまったのです。また、コダックは自社をどこまでも「写真を記録・印刷する会社」と定義し続けました。結果として、デジカメやプリンターなど写真の枠組みの中で足掻くことになり、フィルムの失われた膨大な利益を埋められぬまま衰退していきました。
一方の富士フイルムも、主力のフィルム事業が崩壊する絶体絶命の危機に直面していました。しかし彼らは、自社の立ち位置を「写真の会社」ではなく、「高度な化学や物理の技術を持つ会社」として根本から再定義したのです。写真フィルムの製造には、写真をきれいに保つ抗酸化技術やコラーゲン研究、ナノ粒子を均一に塗る精密な塗工技術など、極めて複雑で高度な化学技術が集約されていました。富士フイルムはこれらの要素技術を徹底的に解体・分析し、写真以外の全く新しい市場へ応用する道を選んだのです。
こうして富士フイルムは、フィルムの抗酸化技術を化粧品(アスタリフト)へ、精密な画像処理やナノ技術を医薬品やバイオ、医療機器へと応用し、事業ポートフォリオを大胆に塗り替えていきました。
既存の製品に固執して過去の成功を守ろうとしたコダックと、自らの技術の本質を見抜き、全く異なる市場へと挑戦した富士フイルム。デジタル化という抗えない時代の波の中で、自社の強みをどう定義し直すかという経営戦略の違いが、二つの巨人の運命を決定的に分けることになりました。
「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き残るのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である」というダーウィンの進化論の教えは、現代のビジネスにもそのまま当てはまります。
市場環境が激変する中で過去の成功体験に執着すれば、どれほど巨大な企業であっても衰退を免れません。時代の変化を敏感に察知し、自らの形を柔軟に変え続けられる企業こそが、生き残り未来を切り拓くのです。
