妻への感謝 | 東京ブレイズ二代目社長のつぶやきブログ

東京ブレイズ二代目社長のつぶやきブログ

世間ではあまり知られていない「ろう付」を生業に、日本の科学技術の下支えに本気で取り組んでいる、中小企業の2代目社長が日頃思った中小企業経営やろう付技術と業界、その他さまざまなことについてつぶやきます。

先日、妻と子供が夏休みで10日ほど帰省していました。その間、自分は仕事があったので一緒には帰省できませんでしたが、久しぶりの一人暮らしでした。とは言っても、母が一緒に住んでいるので完全には一人暮らしではありませんが、二世帯住宅の我が家ではほぼ一人暮らしを満喫することが出来ました。

 

私の一人暮らし歴は結構長いです。学生時代、大学4年生で研究室に入ってから親元を離れ、大学の近くでアパート住まいを始めました。そして大学院修士課程を卒業するまでの3年間、一人暮らしをしました。

 

学生時代は時間があってもお金がありません。当たり前ですが、炊事・洗濯何でも自分でやりました。お昼代も少しでも浮かせるように自炊してお弁当も持って行きました。要は少ないやりくりの中で、飲み代を少しでも残しておきたかったのです。

 

大学卒業後、アメリカに留学しました。当初は大学の寮に入り、食事はカフェテリアでしていました。その後ホームステイを経て、学校の友人達とシェアハウスで生活を始めました。アメリカの学生は、当時から少しでも安く住むためのシェアハウスがあたりまえでした。そこではもちろん、炊事・洗濯等何でも自分でやりました。

 

特に食事は日本食が恋しかったので、いろいろと食材を買い込んで自分で和食を作りました。もちろんお米も炊きましたし、カツを揚げてかつ丼を作ったりもしました。外食で食べるよりかなり安く美味しくできたものでした。たまに友達におすそ分けして、和食を楽しんでもらいました。

 

帰国後就職して、しばらくは実家から通っていましたが、すぐに一人暮らしを始めました。帰国後の一人暮らしは10年以上続き、当時は何でも自分でやるのが当たり前で、普通にこなしていました。

 

しかし、気付くと結婚後は炊事・洗濯、特に洗濯はほとんどやって来ていませんでした。なので、今回久しぶりに家族が帰省している間、いろいろとやったのですが、まずどこに洗剤があるのか分かりません。洗濯機の使い方も迷ってしまう始末でした。食事も食材をどれくらい買ってくるのか、どの食材がどれくらい保存できるのか、明日や明後日の献立はどうしようか。完全に感覚が鈍っていました。

 

改めて思うと、結婚してから身の回りのことを全て妻に依存していたのだと気付きました。自分は外で仕事しているからと、家のことはすべて妻任せでしたが、これではいけないと思いました。

 

もし先に妻に先立たれたら…、変なことまで考え始める始末で、少しでも家事に手を出そうとの気になりました。それにしても、妻には感謝しなければなりませんね。いなくなって初めて分かる、当たり前が当たり前ではないことを。

 

今では、食器洗いや洗濯物をたたむ作業を率先してやるようになったのでした。

 

一人暮らしのイラスト(男性)