『目的地ニトウチャクシマシタ』
AIが音声で教えてくれた。
「ありがとう」
『ドウイタシマシテ』
車は静かにパーキングに停車した。
「…まさき、着いたよ」
「ん……うん…」
応えはあるけど、まだ目を閉じたまま。
「眠い?もうちょい寝てるか?」
まだ少し時間はある。
「ん…ううん、着いたんだよね。起きる」
パチっと目を開け、身体を起こした。
「おはよう。じゃぁ、行こっか?まだ雨降ってるけど、走ればすぐだよ」
「雨?あ、ほんとだ。やっぱり雨になっちゃったんだねぇ」
窓の外に、じっと目を凝らしている雅紀。
「少し前までは土砂降りだったけどな。やっと小雨になってきた」
「しょーちゃんオレが寝ちゃった後も起きてたの?」
こっちを振り向いて、小首を傾げた。
「うん。雅紀の寝顔、見ていたくて」
「えぇ?ヤダ恥ずかしいなぁ。ヨダレとか垂らしてなかった?大丈夫?」
「ハハハッ、大丈夫。
めちゃくちゃ綺麗だなって、ずーっと見惚れてた」
ちょっと恥ずかしいけど、素直な気持ちはちゃんと伝えておこう。
「もぉ、しょーちゃん、真顔でゆわないで!」
耳まで赤くして、両手で顔を隠してる。
「なんで?ダメ?」
「ダメ!オレが恥ずかしいから!」
「そっかぁ、ゴメンゴメン。
じゃ、行こっか」
「ぅん…」
まだちょっと赤い顔の雅紀にコートを着せ、
俺も荷物を持って、手を繋いで小雨の中を走った。
すぐに到着し建物の中に入ると、雅紀はキョロキョロしてる。
「ここ、…映画館だよね?」
「ご名答。ここが、俺のお気に入りの、とっておきの場所だよ」
「映画館が?」
「うん。入ろ」
シアターの前に受付があって、
「おじいちゃん、こんにちは」
いつものようにそこに座っているおじいちゃんに声を掛けると、驚いたように顔を上げた。
「お前さん、来たのか」
「うん、雅紀と一緒」
背後にいた雅紀が、こんにちはっておじいちゃんに会釈した。
「そうか…。
少しばかり早いが、誰も来ないし今日はもう店仕舞いするとしようか。
表を閉めてくるから、お前さん方はゆっくりしていくといい。
上にいるから、帰る時は声を掛けてくれ」
「分かった。
おじいちゃん、ありがとう」
「構わんよ」
おじいちゃんは優しい目を少し細めて、笑い皺を刻んだ。
「じゃぁ、行こう、雅紀」
「うん。あの、ありがとうございます」
俺に手を引かれながら頭を下げる雅紀に、おじいちゃんは
「達者でな」
そう言って片手を上げて微笑んだ。
シアターの中は明るく、スクリーンも真っ白だ。
「この辺にしよっか。
雅紀、これ」
あの時と同じ中央の座席を選んで、持ってきた荷物を開き、中身を雅紀に手渡した。
「え、その荷物ってオレの衣装だったの?なんで」
「着て。雅紀の服だよ」
「…しょーちゃんの服、脱いだ方がいいの?」
そんな、迷子の子犬みたいな目をしないで
「俺が見たいから。お願い」
「うん…」
多分納得していないながらも、着替えてくれて。
「…着たよ。これでいい…?」
「ありがとう。
やっぱり、雅紀はこの服が一番似合う。俺の服なんかより、ずっと」
雅紀の手脚の長さや、本来のスタイルの良さがずっと際立つ。
やっぱり、カッコいいなぁ。
「オレは、しょーちゃんの服、好きだったよ…。
ねぇ、
もしかしてオレを、元の世界に帰そうとしているの?」
「…そう、だよ」
鉛のように、言葉が重い。
「しょーちゃんから見てオレはさ、ゆきずりで出会った人と身体を重ねて…、
元の世界に帰れる手筈が整ったら、『じゃぁ帰ります』って、ぜんぶ放り出して居なくなるような男に見えた?」
「う、ううん、ううん違う、そんなんじゃ。
でも、俺から言わなきゃって。雅紀は…優しいから」
「優しさとかじゃ無くて!
オレは怒ってるんだよ、しょーちゃん」
声を荒げる雅紀、初めて見た
俺、それだけ怒らせちゃった…。
涙が出そうだ
「ねぇ、しょーちゃん。
しょーちゃんがオレの事を好きだと言ってくれて、
心と身体を初めて重ねられたあの時…、
これから先の人生、しょーちゃんと並んで手を繋いで、一緒に前を向いて歩いて行こうって、そう思ったんだよ。
勿論、元の世界を思い出さない日は無いよ。だってコンサートの真っ最中だった。
どれだけの人に、どれだけの迷惑を掛けてしまったんだろうって、ずっと申し訳なく思ってる。
でもね、心配はしてないんだ。
四人なら、絶対何とかしてくれるから。
だから、しょーちゃん、
オレの手を離そうとしないで。
せっかくしょーちゃんと手を繋げたのに…
オレは、絶対この手を離さない。
離さないから!」
俯く雅紀の拳が、真っ白になって震えてる
涙声なのは、本当に悔しいからだ
それだけ、俺のことを真剣に思ってくれてるからだ。
俺と、この世界で生きて行こうと決心してくれていたなんて…
胸の奥が熱くなる。こんなに嬉しい事は無い。
きっと分かってくれるよね。
これは別れなんかじゃないと。
俺たちを本当の意味で引き裂けるものなんて、どこにも存在しないんだから。
「雅紀、聞いて」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・