少子高齢化は何故歯止めがかからないのか? | Splendore

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結論から申し上げると・・

人々が生活していく中で社会が言っている事とやっている事に対して矛盾を感じていて責任を押し付けられるのがいやだからではないかと思います。

 

例えば、生活面では行政は「子どもを産んで育てろ」と言うわりに女性を外で働かせ子育てをしにくくしている。

「保育園を増やす」と言っていますが、煩いと言う理由から近所からの苦情で保育園が作れないとか、地下鉄乗ればベビーカーが邪魔だとか、お店で煩いと言われるなど子どもがいる事で肩身の狭い思いを強いられる事を知っていてそれを訴えると、子どもを産むのは自己責任にされてしまう。

 

教育面では、子どもの運動能力が低下している、ゲームは良くないと子どもにゲームをさせないように指導はされ、子どもがゲームをするのは親の責任にされるが、新しいゲームはどんどん開発され・・企業はゲーム機器を開発し、国は税金欲しさに制限をかけず子どもの時間を奪い、学力低下、運動機能の低下だと騒いでいる。

これでは、空腹の子どもの前にご飯が食べられなくなるから、お菓子は食べてはダメと言いながらどんどん目の前に色んな種類のお菓子を置いて行き、ごはんが食べられなくなると親の躾のせいにされると同じ構図だ。

 

そんな社会での生活の在り方に人々は矛盾を感じ「都合の悪い事だけ押し付けられる」って事を知っているからではないのでしょうか?
公的機関の障害者雇用の水増しの事件にも言える様に公的機関でさえ出来ない事を民間には罰則を設けている。

公的機関が出来ない事ならそもそもの基準を見直すなり民間企業にも取り入れやすくする事もせず「押し付け」の状態で法だけ作り丸投げしている。

 

そのうちきっと一般の人は子どもを作らなくなっていくのではないかな。

このまま行くと将来的には社会を動かせるトップにいる「力とお金」のある人達とその構図を知らない知識の無い人が子どもを作る社会へ向かっているのではないかと心配になる。中間層が全くいなくなってしまう。

 

子どもが増えなければ自分達の老後は誰が見る?心配した政治家が子どもを産むように発言していたが、今のご時世一般的に自分の世話をしてもらう為に子どもを産むと言う人がどれだけいるだろう?

少なくとも私は子どもの負担にはなりたくないし、そんな理由の為に産むぐらいなら孤独死した方がマシだとさえ思う。
子どもの負担になってまで長生きしたいと言う人がどれだけいるのだろう?

 

そういう事に気が付けば少子化対策の方向性が変わってくるのではないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

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