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気が付くと私は「かさぶた剥がし」がやめられなくなっていた。

*「皮膚かきむしり症」という病名がついているらしい。

 

同時に、皮膚をサーッと撫でるだけで

ミミズ腫れが出来るようになった。

*自律神経がおかしくなると、そんな症状が出ると聞いたことがあるが、

親も宗教内の人たちも、そんな私の症状を知っていながらもスルーしていた。

 

 

小学校高学年ごろ・・・毎日自殺を考えていた頃からかな・・・?と記憶している。

宗教を脱出し、親とも距離をとって

自分の身をある程度守れるようになってきた17歳ごろには

症状が完全に消えていた。

 

*それでも、結婚後に長男教の地獄を味わっている最中に再発し、

現在も完全には治っていない。

 

 

 

小学生時代の「自殺をしようとした具体的な行動」は、

「飛び降り」しか考えつかなかった。

 

毎日自宅の屋根に上り、先端まで進み、

「ここから落ちたらすぐに死ねるかな?」とシュミレーションした。

 

どう考えても、助かる可能性の方が高そうだし、

「痛さを経験した上に障害が残ったらもっと最悪だ」と思ってやめた。

 

 

そこで、近所の五階建てマンションの屋上に上り、

靴を脱いで(何で脱ぐんだろう?笑)下を覗き込んでみた。

 

とても怖かった。

 

「万が一助かってしまい、障害が残ったら・・・」が怖くて実行しなかった。

 

 

 

母親に、「娘は限界なんだよ」って事を気が付いてほしかったある日。

 

母が夢中で見ていたテレビ番組で「精神分裂症(統合失調症)」の事をやっていた。

 

患者さんが、自分の指で頭のてっぺんの髪の毛を、スパゲッティを食べるときの様に

くるくる巻き付ける行動を機械的に続けている場面が印象深かった。

 

私は本能的に、

「今の環境は、この病気を発症する」と分かった。

(後に分かるけれど、その本能的な予測は正しかったみたい)

 

「本当の病気になる前に気が付いて」

 

そう思って、母親の前で放心状態の自分を見せてみた。

指に髪の毛を巻き付けてくるくる・・・

 

母が気にすることは一切なかった(苦笑)

 

 

 

弟も、相当なストレスを抱えていたと思う。

私が母親に怒られる事を見て、

自分への矛先を避けられる安心感を得たい状態だったらしく、

母が怒りそうな事をしていないか、私の身の回りを毎日「がさ入れ」していた。

 

頭が悪く、でも「70点以下」を取ると母に烈火のごとく怒られるので、

本の間に隠したり、家の裏で

細かくちぎったテストなどを燃やしたりしていた。

 

弟に見つかり、母に告げ口をされ・・・・

心底弟を憎んでいた。

 

 

ある日、弟は宗教の集会の最中、

私が反撃できないような嫌がらせをしてきた。

激怒した私は、集会が終わった後に速攻で自宅に帰り、弟の机の椅子の裏側から

画鋲を何個か忍ばせた。

当然、その行為により私は母親に怒られる事になった。

 

 

 

私が中1、弟が5年生の頃。

 

私が隠していたものを、弟は母に告げ口せず

私を支配するためのネタにすることを思いついた。

 

階段の陰に呼び出された。

胸を触られ、悲鳴を上げようとしたら「言うぞ!!声を出すな!!」と脅された。

 

風呂に入っている最中、「開けろ」と言ってきた。

 

「言うぞ」の合図は「い」だ。事前にそう言われていた私は、

風呂のドアを開ける事を拒否した時に「い」と言われ、

ドアを開けた。

弟が満足するまで、裸で目の前に立つことを強要された。

これは一度だけだったけれど、次の事はほぼ毎日続いた。

 

私が風呂を上がる音がすると、

弟がわざと脱衣所を開けて見に来る。

(入っている最中は父が覗きに来る)

 

私は、上がるとすぐ、

体をふく前に脱衣所のドアの前に立ち、

体を拭き、服を着るようにした。

 

でも、弟がものすごい力でドアを押して開けようとする。

 

私は全身でドアを押さえた。

体が濡れた状態で、ドアを体で抑える事が続いたので

ドアは、私のお尻の形にカビが生えた。

 

 

 

 

ある時、父の九州の実家に行った。

初めて会ういとこの家に泊まった。

 

私より一つ上のいとこ、その弟、私、弟

 

4人を一つの部屋に寝かせた両親。

 

 

夜中、一つ上の従弟にパジャマ(母親に、スケスケのネグリジェを着させられていた)

を脱がされかけた。

 

ベッドに寝ていた従弟が、ベッドから降りて私の足もとにいた。

 

 

 

怖くて寝たふりをしながら何とか抵抗しようとした。

でも、もう限界だ・・・と思った時に、ガバッと起きた。

 

 

ドーーーーン

 

 

もの凄い音がして、従弟はその場でひっくり返り、寝たふりをしていた。

「何してるの!?」と言った私に、

「あ・・・ベッドから落ちちゃった」と言って、それ以上は何もしてこなかった。

 

翌日、彼が私に大きなゴムボールを膨らませて「お土産」と渡してきた。

 

気持ち悪くて、すぐに萎ませて潰した私を見た母は

「せっかく貰ったものなのにこんな事したらダメでしょ!!」と怒った。

 

 

 

「自分自身の全てを否定され、異性を好きになる事や交際を禁じられる」

 

そんな環境が基本にある上での

「身内からの性被害・性的な事の強要」は、

 

私自身の

「自分の価値」「性に対する認識」に、

大きくな歪み与える事になった。

父からの性被害「身内からの性被害・性的な事の強要」の記事はコチラ

 

 

女性が自分を性被害から守る為に一番重要なことは、

「本人が自分自身を大事にしようとする心を育てる事」なのに、

その逆をされたのだ・・・

 

これに気が付いたのは、30年後だった。

 

 

 

身内への恨みを直接ぶつけられない鬱憤は、

世の中の、全く関係のない男性達へと向けられるようになった。