Anemone123によるPixabayからの画像

 

※ブログの書き方を「です・ます」」にしていましたが、面倒になったのでフランクに書くことにしました(^^ゞ

 

小学5年生の頃、Kちゃんという子と出会った。

彼女とはとても気が合った。

 

私が友達を自宅に連れて行くと、母はとにかく悪口しか言わなかった。

 

Kちゃんの事に関しては、母はKちゃんのお母さんについてまで、

悪口を言わないと気がすまなくなっていた。

「Kちゃんのお母さんって、ホラ、何であんなに口がひん曲がってるの?」とか。

 

 

唯一、悪口を言われずに済む方法があった。

 

彼女と遊ぶ時には「宗教の事を教える」という口実を作る事だった。

エホバの証人(以降「JW」と略します)内では、聖書の事を教える勉強会を

「研究」と呼ぶ。

 

彼女が遊びに来る日は、居間に聖書とJWの教義が書かれた本、

そしてオヤツを用意した。

 

そんな事が数回続いた後、約束をしたはずなのに彼女は来なかった。

 

電話をしたら、「行かない」と一言だけ返ってきた。

 

 

でも、その後も彼女との付き合いは続いていた。

学校の行き帰りに色んな話をしていたが、私の「コミュニケーション」の基本には、

「相手を馬鹿にすること」があった。

「馬鹿にすることで、相手に親近感を持ってるアピール」をしてるつもりだった(苦笑)

いつのまにか、毎日私を貶しまくる母と同じになっていた。

 

親近感アピール以外にも、

「馬鹿にする事で、自分が優位に立った気がする・頭が良くなった気がする」

という目的があった。

 

私は勉強がまるでダメで、落ちこぼれ。

(国語だけは、聖書を読まされてた事が良かったのか、高校受験では98点取れてたと思う)

だけどKちゃんは、普通にローマ字を読むことが出来ないし、漢字も全然書けなかった。

 

「全てが私より下」みたいな存在で居てくれる事が、私にとっての「安心感」になっていた。

「安心感」を与えてくれる相手を「親友」と呼び、彼女もなぜか私を「親友」と呼んでくれていた。

 

でも、成長するにつれ、彼女は私との間の「友情」にひそかに疑問を持ち始めていたのだと思う。

 

私が最初の子を産んで、

「体中の皮膚から汁が噴出している」状態の

「酷いアトピーの育児」でヘトヘトだった時・・・

 

彼女は夫婦でマルチ商法を始めた。

 

 

「アトピーはお母さんが神経質だからなるんだ」

子どものいない彼女の夫から育児の否定をされ、

私は抗議の言葉を送った。

 

 

彼女から

「いつも上から目線で私の事を馬鹿にして!!」と返ってきた。

彼女はその時初めて、私に反撃した。

 

 

「バレてたんだ・・・」

 

 

彼女は何も分かってない’馬鹿だ’」と思っていた私は、

 

「彼女は気が付いていたのに、それに気が付かない自分の方が馬鹿だった」

と知ることになる(笑)

 

 

 

このマルチ商法については、またあとで一つの記事にしようと思う。