高野山蓮花院と弥勒院の御住職で、真言宗権大僧正の東山御住職。
最初の出会いは、山王ヘルスケアを含むグループ企業のオーナー、O会長からでした。
「高野山に私の無二の親友がいるから、訪ねてみなさい。」とのことで、高野山を訪ねたのは4年ほど前。
蓮花院を訪ねて御住職とお話したら、気さくに声をかけて頂き、ボランティアの話などで意気投合しました。
そしてその時、御住職の親友の病気の相談を受けました。それが、阪田さんだったのです。
阪田さんは、御住職と長年親交があり、年に数回高野山を訪ね、また共通の趣味のゴルフをご一緒される仲。昭和一桁、僕の親父と同年の生まれで、海洋貿易関係を営むグループの会長さん。一本芯の通った、竹を割ったような性格でありながら、情に厚い人でした。
それから、阪田さんとご住職とで何度かゴルフをご一緒させていただき、僕の下手なゴルフを楽しく笑って許し下さったのを思い出します。チョロを打てば、「ナイス、ちょっと!」。空振りなら、「目に見えぬスピードで飛んだか思うたっ!」。ほんとに楽しい阪田さんでした。
また、月に1、2度、娘さんの旦那さんの川上転(うたた)さん、通称「うたさん」のお店、「酢志かわかみ」(その紹介記事はこちら )にご一緒し、阪田さんからは病気の相談を、そして僕からはボランティアの相談をし、奇兵隊の相談役のような方でした。
御住職ご一家も一度、神戸に来られ、「酢志かわかみ」で楽しく歓談した日の事を昨日のように思い出します。
しかし、病は阪田さんの体を少しずつ弱らせ、また僕の力及ばず、一昨年に病に倒れ、帰らぬ人となってしまいました。
でも、阪田さんは、阪田さん一家との家族ぐるみのお付き合いを残してくださり、また東山ご住職とのご縁を深めていって下さいました。
その後、東山御住職は、阪田さんに代わって、ボランティアの相談に乗って下さり、奇兵隊の相談役のような存在になって下さいました。また、知り合いの病気の相談でも、僕のような変わった医師に相談してくださいます。(もちろん、自分なりに精一杯親身でお応えしています。)
そして、ご住職が手がけるボランティアで、一昨年には「豊臣秀吉朝鮮出兵の際の敵味方鎮魂法要」のために韓国へご一緒し、また昨年は「モンゴルカラコルム大学の再興と、恵まれない学生の奨学金制度の確立」のため、モンゴルにもご一緒しました。(その時の記事はこちら )
そのような経緯からご住職とは、お互いのボランティア活動を、お互いの力を合わせてやっていきましょうという感覚でお付き合いをさせて頂いています。
そして、御住職からの急な相談があり、2006年8月5日、高野山を訪ねることになりました。(つづく)
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