【D-3】
キュヒョンの廃棄が決定された。
キュヒョンが望んだのは消去されたメモリーを戻すことが可能であるなら戻してほしい。
それだけだった。
本来なら消去されるメモリーは残されていないはずだ。
けれどジョンスがメモリーをコピーしたものを保管していたらしい。
「規定違反だよね」
それを後悔している様子は一切なくて、寧ろ誇らしげだったのはジョンスがその判断を間違っていると思っていないからなんだろう。
処分の前日から、ジョンスはずっとキュヒョンの隣にいて、ただ泣き続けた。
人の体の中にある水分をすべて涙にしてしまったのではないかと思うほどに。
それを俺たちはガラス越しにただ見ていることしかできなくて、ずっと泣いて、疲れ切ったジョンスが眠ってしまうまでキュヒョンはただ笑顔でその体を抱きしめていた。
ヒチョルの後に続いて部屋に入るとキュヒョンは少し困ったように笑って俺達を見上げる。
「ヒチョルヒョン、ジョンスヒョンをお願い」
「ん」
キュヒョンが自分に凭れ掛かっている体をヒチョルに預ける。
「ドンヘヒョン。今までありがとう」
「…行くのか?」
「うん。ロビーまで一緒に来てくれる?」
「なんだったら連れて行ってやるけど」
「やだよ。自分で行く」
ふふ、とキュヒョンが笑って立ち上がるとヒチョルがキュヒョンの名前を呼んだ。
「悪い、何もしてやれなくて」
「そんなことない。大切にしてくれてありがとう。僕を作ってくれてありがとう。二人が作ってくれなかったら、僕はシウォナと出会えなかった。幸せだったよ?」
それを聞いてヒチョルの瞳からも涙が落ちた。
どうしてこの人たちが感情を学習できる、より人間らしいヒューマノイドを生み出せたのか理由がわかった気がした。
研究室を出てロビーに出たところでキュヒョンは、ここでいいよ、と笑う。
ガラス張りのロビーから見える外の景色はいつもと変わらない。
ただ、空は雲一つない真っ青な空で、あまりにも綺麗だった。
「これで、いいのか?」
「本当はさ。シウォナが居なくなって…ずっと苦しくて、悲しかった…でもそれが終わるんだ。僕達は自分じゃ自分を終わらせられない。やっと…終われるんだよ。この体も、人口知能も無くなったら…」
キュヒョンが見たこともないような幸せそうな表情で笑って綺麗な涙を溢した。
人は嬉しくても泣くことができる。
キュヒョンはもう人と同じなんだな、と思った。
「そうなったら、心だけになれる。僕はやっとシウォナと同じになれるんだ」
そうして外に出て青い空を見上げたキュヒョンは軽やかな足取りで研究所を出て行った。
その後ジョンスは研究所を辞めた。
俺にずっと謝り続けて。
謝る必要なんてないのに。
今は町はずれでヒューマノイド専門の小さな修理屋をしている。
だだ「修理屋」というと「病院って言え」と怒られるけれど。
ヒチョルはそのまま研究室を引き継いで残ったプロトタイプのメンテナンスとデータを録り続けている。
二人は今、一緒に暮らしているらしい。
「ヒチョルヒョンも一緒に辞めるのかと思った」
そう言ったら
「残ってるプロトタイプがいるからな。任せられる奴を育ててから辞めるさ。俺はそんなに無責任じゃねぇぞ」
「知ってるよ」
「…ジョンスは続けるには優しすぎるからな」
なんて言われた。
この人だって十分に優しい。
問題発言だって自分に素直すぎるだけのことの方が多いくせに。
そうして俺は今もここに居る。
あの時は、キュヒョンの気持ちなんて全然理解できなくて何故あんなに幸せそうに笑えるのか、ただただ疑問でしかなかった。
あの日と同じ青空を見上げる。
でもキュヒョン。
今なら解る気がするんだ。
やっと一緒になれるって幸せそうに笑ったお前の気持ちが。
「あー!ドンヘこんな所に居た!」
「ヒョク」
去年この研究室に入ってきたイ・ヒョクチェは俺の顔を見て笑う。
「メンテナンスの時間だって言ってただろ?」
「そうだったっけ?」
「お前勉強できるバカだな」
「誰がバカだ」
ヒョクチェが笑う。
その表情が好きだ。
「ヒチョルヒョンがさぁ、メンテナンス俺に任せてくれるって」
「マジで?すっごい不安なんだけど、ヒョクにいじられるの」
「ひっでー!俺、メカニックの腕は最強なのにっ」
「その分プログラミングには不安が…」
「大丈夫だってば。ドンヘの体だから絶対ミスしない。誰にも負けないメンテナンスしてやるよ」
肩を組まれて自然にこっちも笑顔になる。
そうか。
俺の…最後のプロトタイプのメンテナンスをヒョクに任せるってことは、ヒョンもじきにここから居なくなるんだ。
寂しいけれど、あの二人が自分らしく生きていってくれることが嬉しくて笑みがこぼれた。
ヒョクチェに対するこの感情がなんなのか、答えはなんとなくわかってる。
キュヒョナ、今なら、お前の気持ちが理解できるのに。
でも、だからこそ俺はお前とは違う「幸せ」を見つけるよ。
きっと、見つけるから。
俺たちは全員がそれぞれのかたちで幸せになろう。
Fin
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Fin って、なってますがあと一話ありますー。
ごめんなさーい!