【E-1】
見慣れたドアを押すと、カラカラとドアベルが鳴る。
その音で顔をあげたジョンスが驚いた様子で瞬きをした。
「ヒョク、どうした?」
自覚はある。
だってもう絶対目が赤くなってる、瞼だってちょっと重いくらいだ。
「…っ、ジョンスヒョンー」
「えっ?ちょっ…ほんと、どうしたんだよー」
ヒョンの顔を見たらまた涙が出てきた。
ああ、もう、最悪だ。
カウンターの席に俺を座らせたジョンスヒョンが慌てた様子で冷えたおしぼりを持って来ると、俺の目に押し当てた。
「一体何があったのさ、そんなになるまで泣くなんて」
「…だって、ドンヘがさぁ」
俺の声を聞きつけたらしいドンヘが奥から顔を出す。
「俺がなに?…って!何でヒョク泣いてんの!?ジョンスヒョン何泣かしてくれてんの!?」
「俺じゃないからっ!」
「じゃあ誰!?」
ドンヘが俺をギュウギュウ抱き締めながら叫んでて、やっぱりこいつアホだと可笑しくなってきた。
「って、ヒョク! 今度は何笑ってんの!?」
「ドンヘがアホ過ぎてー」
「なにそれ。で、誰に泣かされたの?」
泣かされた、という表現はあながち間違ってはいないけど相手からしてみれば俺が勝手に泣いてるだけだとも言えなくもない。
そして、その元凶がドアベルの音とともに入ってきた。
「先生がさぁ…」
「キュヒョナ、お前か!」
「なっ、何が!?」
びくりと肩を揺らした作家先生はそれでも俺の隣に座わると、カウンターの中にいるバリスタに声をかけた。
「シウォンさん、キャラメルマキアートとアップルパイ」
「了解」
これ以上はないだろうって程嬉しそうな顔でコーヒーを淹れるイケメンにまた泣きそうになった。
「そもそも、元はと言えばシウォナが先生を置いていくから!」
「…さっきから支離滅裂なことを…なんの話だよ」
先生が隣で苦笑いする。
「連載終わったから、次、短編を一本書いてほしいって言われたんだよ。だから、前から書いてみたかった話の内容を説明したんだよね。そしたらヒョクさんが『それシウォナっぽい』とか言い出してさ。結局その話の登場人物を全部身近な人に脳内変換しちゃったんだ」
そうしてざっと物語の内容を話した先生の顔を見たまま、ドンヘは難しい顔をした。
「そりゃ、全部はめたら…ちょっと悲しいよなぁ」
「大体、俺はキュヒョナおいて逝かないし」
「…や。だからそもそもヒューマノイドは女の子なんだって、なんで僕に変換したのか…」
「だって、シウォナのパートナー先生じゃん!」
注文もしていないのにドンヘが俺の前に置いたトルタ・カプレーゼを口に運びながら、そういうと先生は照れてそっぽを向いた。
この人、こういうとこ可愛いよなぁ。
そして、相変わらずドンヘの作るものは天才的に美味いよなぁ。
地味で素朴な見た目からは想像できない。
アーモンドの風味が最大限に生かされたチョコレートケーキで幸せな気分になる。
「じゃあ、もしかして俺達も?」
ジョンスヒョンが首を傾げるのに先生は大きく頷く。
「チーム長は女性ですよ」
「…あー、そうなんだ…」
あはは、乾いた笑い声を出してジョンスヒョンはグラスを磨いている。
だってヒョンとヒチョルさんにとんでもなくはまったんだから仕方ない。
「じゃあ最後のヒョクは?」
「あ、あれはどっちでもよかったんですけどね。ヒョクさんがドンヘヒョンだって言い張るから、もう僕もヒョクさんでしか思い浮かばなくなっちゃって…」
くくっと笑って先生がアップルパイを食べる。
「だから、最後に出てきたのはドンヘヒョンとヒョクさんでいいと思う」
ん?
なんか、今になって猛烈に恥ずかしくなってきた。
確実に赤く染まり始めた顔をなるべく見せないように俯いて、声に出せないに文句とも言い訳とも取れないことを考える。
でも、ちゃんと出来上がった小説を読んだら絶対みんな泣く。
絶対、俺だけじゃないはずだ。
先生は相変わらず隣で楽しそうに笑って、カウンターの中のバリスタの背中を見つめながらポツリと言った言葉に、こくりと頷く。
「僕達は今、みんなそれぞれのカタチで幸せなんだからいいじゃないですか」