【H-3】
所長室から戻った俺達の言葉にキュヒョンは意外にも素直にその指示に従った。
まるで予想していたかのように。
それでも、この事態を終わりにするにはこれが一番早くて正確だ。
泣き出しそうなジョンスにキュヒョンは微笑んだ。
まるで予想していたかのように。
それでも、この事態を終わりにするにはこれが一番早くて正確だ。
泣き出しそうなジョンスにキュヒョンは微笑んだ。
「でも、お願いがあるんだ」
「何?」
「この時計だけは取り上げないでくれる?」
「もちろん。キュヒョナがもらったものなんだから」
「それで、この時計をもらったことは教えて欲しいんだ」
「うん。でも…名前は出せない。そこは規則だから」
「いいよ。僕がこれを最初のマスターにもらったってことだけでいい」
「何?」
「この時計だけは取り上げないでくれる?」
「もちろん。キュヒョナがもらったものなんだから」
「それで、この時計をもらったことは教えて欲しいんだ」
「うん。でも…名前は出せない。そこは規則だから」
「いいよ。僕がこれを最初のマスターにもらったってことだけでいい」
ちょっと早いか、遅いかだけだよ。
キュヒョンはそう言ったけれどそれが本心のはずはない。
そうしてメモリーを消されたはずのキュヒョンは時計を耳元に当てると口角を上げる。
キュヒョンはそう言ったけれどそれが本心のはずはない。
そうしてメモリーを消されたはずのキュヒョンは時計を耳元に当てると口角を上げる。
「どうした?」
「なんでかな。この秒針の音を聞くと落ち着くんだよね。でもちょっと寂しい気持ちにもなるんだ」
「なんでかな。この秒針の音を聞くと落ち着くんだよね。でもちょっと寂しい気持ちにもなるんだ」
そう言ってキュヒョンは小さく歌を口づさむ。
それはシウォンが好きだと言っていた曲。
キュヒョンがシウォンの為に歌えるようになった曲だ。
どんなにシウォンを消したところでキュヒョンの中の感情のすべては彼から派生したものなのだから繋がって当然だ。
一か月も経たないうちにキュヒョンはシウォンのことを思い出した。
全てではないけど。
ありえない。
あってはならない。
メモリーはあくまでも記録で、記憶であってはならない。
その事実に周りは驚愕し、ジョンスは一人安心したようにキュヒョンの肩をたたいた。
メモリー削除の作業をしたドンヘの手順に問題がなかったのかと問われたが、ドンヘは不眠不休で完璧に削除している。
ドンヘ以外にあそこまで完璧に決まったメモリーだけを削除できる奴はいない。
事態は大きく動く。
緊急招集がかけられたのはそれから数日後の事だった。
それはシウォンが好きだと言っていた曲。
キュヒョンがシウォンの為に歌えるようになった曲だ。
どんなにシウォンを消したところでキュヒョンの中の感情のすべては彼から派生したものなのだから繋がって当然だ。
一か月も経たないうちにキュヒョンはシウォンのことを思い出した。
全てではないけど。
ありえない。
あってはならない。
メモリーはあくまでも記録で、記憶であってはならない。
その事実に周りは驚愕し、ジョンスは一人安心したようにキュヒョンの肩をたたいた。
メモリー削除の作業をしたドンヘの手順に問題がなかったのかと問われたが、ドンヘは不眠不休で完璧に削除している。
ドンヘ以外にあそこまで完璧に決まったメモリーだけを削除できる奴はいない。
事態は大きく動く。
緊急招集がかけられたのはそれから数日後の事だった。
「嫌だ。絶対にい、や、だ!!」
「ヒョンー。お願いだからダダ捏ねないでよー」
「ヒョンー。お願いだからダダ捏ねないでよー」
ドンヘが眉尻を下げてジョンスの腕を引っ張っている。
近代稀に見ぬ光景だ。
近代稀に見ぬ光景だ。
「何やってんだ?」
「あ、ヒチョルヒョン。ジョンスヒョンが会議でないって言い張っててさ」
「…あぁ、そりゃそうだろうな。こいつにはきついわ」
「なんで!?なんでキュヒョナ連れて行かなきゃなんないんだよっ!!」
「あ、ヒチョルヒョン。ジョンスヒョンが会議でないって言い張っててさ」
「…あぁ、そりゃそうだろうな。こいつにはきついわ」
「なんで!?なんでキュヒョナ連れて行かなきゃなんないんだよっ!!」
会議に召集されたのはここの研究所の上層部、そしてチーム副長レベルまでのものだ。
そこにキュヒョンを連れていけば、また彼にとっては耳にしたくないような内容を聞かせなくてはならない。
自分たちが聞くだけならまだいい。
本人の前で本人の処置を決めるなんて査問委員会以外の何物でもない。
そこにキュヒョンを連れていけば、また彼にとっては耳にしたくないような内容を聞かせなくてはならない。
自分たちが聞くだけならまだいい。
本人の前で本人の処置を決めるなんて査問委員会以外の何物でもない。
「僕なら大丈夫だよ。ジョンスヒョン」
キュヒョンはすっきりとした表情で笑って言う。
「僕の意見を聞いてもらえるなんて画期的だよね」
「…聞いてくれるかどうかなんて…」
「勝手に発言する」
「…聞いてくれるかどうかなんて…」
「勝手に発言する」
ふふ、と楽しそうに笑うキュヒョンが俺の顔を見る。
「いいよね、ヒチョルヒョン」
「思う存分やれ」
「ありがとう」
「そんな問題児に聞くなっ!」
「思う存分やれ」
「ありがとう」
「そんな問題児に聞くなっ!」
ぷくっと頬を膨らませたジョンスの方が子供みたいで思わず笑ってしまった。
自分たちが創造したものだとはいえ、キュヒョンは強い。
それを育てたのもきっとシウォンなのだ。
自分たちが創造したものだとはいえ、キュヒョンは強い。
それを育てたのもきっとシウォンなのだ。
「ほら、行こう。ジョンスヒョン。時間に遅れたらまた文句言われるよー?」
「行きたくない…」
「まだ言ってる」
「ジョンス。行くぞ」
「ヒチョラだけ行って来れば?」
「…それでどんな結果になったっていいっていうならな。聞き入れられようが、聞き入れられなかろうがお前の意見を出さずに流されていいなら、ここに居ろ」
「行きたくない…」
「まだ言ってる」
「ジョンス。行くぞ」
「ヒチョラだけ行って来れば?」
「…それでどんな結果になったっていいっていうならな。聞き入れられようが、聞き入れられなかろうがお前の意見を出さずに流されていいなら、ここに居ろ」
しばらく黙って机に突っ伏していたジョンスが顔を上げる。
「…わかった」
渋々といった体はまったく崩しはしなかったけれど行かないよりはいい。
「ありがとう、ヒチョルヒョン」
ドンヘが隣で小さな声でそう言うのに肩を竦めるだけで返事をする。
「キュヒョナ」
名前を呼ぶとキュヒョンがまっすぐにこちらを見た。
「きついぞ。覚悟しとけ」
「大丈夫って言ったよね?シウォナと、このチームの人以外にとっては僕はただのヒューマノイドでしかないことなんてよくわかってるよ。実際そうだし」
「大丈夫って言ったよね?シウォナと、このチームの人以外にとっては僕はただのヒューマノイドでしかないことなんてよくわかってるよ。実際そうだし」
ドンヘが俺の背中を叩く。
「大丈夫。行ってらっしゃい」
しっかりしなきゃならない俺たちの方がこうして背中を押されるなんて。
そうして向かった会議室にはすでに召集されたであろうメンバーが顔をそろえていた。
そうして向かった会議室にはすでに召集されたであろうメンバーが顔をそろえていた。
「遅くなりました」
「いや、大丈夫だよ。それが例のAIを持ったヒューマノイドだね」
「キュヒョンです」
「いや、大丈夫だよ。それが例のAIを持ったヒューマノイドだね」
「キュヒョンです」
名前くらい覚えろ。
ジョンスの苛立ちが伺える声色に一瞬にして会議室の空気が固くなる。
いつもなら俺が作る空気だ。
議論される内容も何度と繰り返されたもの。
キュヒョンは他人事のようにそれを聞いていた。
ジョンスの苛立ちが伺える声色に一瞬にして会議室の空気が固くなる。
いつもなら俺が作る空気だ。
議論される内容も何度と繰り返されたもの。
キュヒョンは他人事のようにそれを聞いていた。
「メモリー消去に携わったのはドンヘです。彼の技術、能力についてはここに居る全員がご存知のはずです。彼以外にあそこまで完璧に特定のメモリーだけを消去できる研究員はいません」
「ではメモリーが復活するなどありえないと」
「ありえません」
「では今回の事はどう説明するんだ」
「キュヒョンが学習した感情は全て前マスター、そして周囲の人間からです。当然一番長い時間一緒に居たマスターからの方が多いでしょう。今の生活の中で受ける感情は全てそこにつながる。感情がある限り完全な消去は不可能です」
「ではメモリーが復活するなどありえないと」
「ありえません」
「では今回の事はどう説明するんだ」
「キュヒョンが学習した感情は全て前マスター、そして周囲の人間からです。当然一番長い時間一緒に居たマスターからの方が多いでしょう。今の生活の中で受ける感情は全てそこにつながる。感情がある限り完全な消去は不可能です」
そう言っているジョンスも、俺も。
全てを消去したところでキュヒョンのメモリーが完全に消去されるとはなぜだか全く思えなかった。
全てを消去したところでキュヒョンのメモリーが完全に消去されるとはなぜだか全く思えなかった。
「それなら全てを消去するのは?」
「プロトタイプにここまでの資金をかけられた理由はご承知の通りです。ここで全てを消去してしまえばここから先の資金を調達することは困難だと思われますが」
「失敗作、ということか」
「プロトタイプにここまでの資金をかけられた理由はご承知の通りです。ここで全てを消去してしまえばここから先の資金を調達することは困難だと思われますが」
「失敗作、ということか」
ガタンと椅子を鳴らして立ち上がると、全員がこちらに視線を向ける。
中には、またか、という顔をした奴もいるが、そこは放っておいてやろう。
中には、またか、という顔をした奴もいるが、そこは放っておいてやろう。
「失敗?あなた方が望んだままのものを作り上げたと思いますが?学習し、感情を持ち、人と同じように接することができるヒューマノイド。キュヒョンはその通りの…いや、それ以上の出来ですよ?」
「こちらが望んでいる以上のものなんて要らないんだよ」
「こちらが望んでいる以上のものなんて要らないんだよ」
にこやかに笑顔を浮かべて言い放った研究員。
俺達よりも年も経験も豊富で普段なら尊敬すらするその人の笑顔でさえ今は苛立った。
俺達よりも年も経験も豊富で普段なら尊敬すらするその人の笑顔でさえ今は苛立った。
「自分たちに都合が悪いものは要らなくて、都合のいいものだけは容認するということですか」
「危険性を含むものは全て排除しなくては。私たちが作っているのは人に危害のない物でなくてはならない。感情によって行動が制御が出来ないならそれは失敗ということだ」
「廃棄すべきだよ」
「プロトタイプだしね」
「確かもう一体プロトタイプのヒューマノイドが残っているはずだしデータはとれる。このAIの失敗を次に生かせばいいじゃないか」
「危険性を含むものは全て排除しなくては。私たちが作っているのは人に危害のない物でなくてはならない。感情によって行動が制御が出来ないならそれは失敗ということだ」
「廃棄すべきだよ」
「プロトタイプだしね」
「確かもう一体プロトタイプのヒューマノイドが残っているはずだしデータはとれる。このAIの失敗を次に生かせばいいじゃないか」
どいつもこいつも。
椅子を蹴り倒してやろとしたところでジョンスが机を叩いた。
それは他の研究所員のみならず、俺もキュヒョンも驚かせた。
椅子を蹴り倒してやろとしたところでジョンスが机を叩いた。
それは他の研究所員のみならず、俺もキュヒョンも驚かせた。
「彼を裁くというのなら…僕等だって裁かれるべきだ。キュヒョンはこの中の誰よりも人間らしい。人が人に対して抱く感情を誰にも否定なんてされるべきではない」
一瞬静まり返った部屋の中で、キュヒョンがゆっくりと立ち上がると、ジョンスの背中を撫でて肩を抑える。
「僕は人に危害を加えない。そのプログラムが入っているにも関わらず感情でそれを実行できないことがあります。それが人にとっての脅威だというのなら間違いなく僕はおかしい。メモリーを消去されても感情によって復活することが可能になるなら、それはAIとして問題ありでしょう。でも例え全てを消去したところで多分僕は何度でもメモリーを復活させるはずです。新しいAIを入れたとしてもこの体に触れる感覚で思い出すはずです。見えないし形もない物。それが今、僕のここにはある」
キュヒョンが自分の胸に掌を押し当てると、ふわりと笑う。
「それをマスターがくれた。僕にはかけがえのない物」
その場の全員の顔をゆっくりと見渡したキュヒョンは今までに見たことがない程、嬉しそうに微笑んだ。
「だからあなた方がすべきことは、僕の体もAIも跡形もなく廃棄することだけだ」
それがキュヒョナの切なる望みだったのだ。