現代文を教える上で、授業研究は重要である。

 

しかし、それだけで上質な授業は成立しない。

 

日本史、世界史、経済、政治、哲学などの教養が必要である。

 

特に私は哲学の知識が必須であると思う。

 

「構造主義」「近代」「ポストモダン」

 

これらの用語を根本から生徒に解説できなくてはならない。

 

最近の共通テストでフーコーの「エピステーメー」という語が出たが、国語教師ならば自分で語注をつけられるくらいの力がほしい。

 

読み方がわかっても、何を言っているのか説明できないのではつまらない。

 

古典では仏教や神道について勉強する必要があるが、現代文では西洋哲学を勉強したほうが良い。

 

良質な入門書も多い。ときどき原典を読むと、なお力がつくと思う。

 

いきなりすべてを網羅することは難しい。少しずつ積み上げていけばよい。

 

一生勉強だと思って楽しく自己研鑽に励みたい。

 

生徒には紙の辞書を指定する。

 

電子辞書も禁止にはしないが、できれば紙の辞書がよいと言う。

 

ここで詳細な議論は避けるが、紙の辞書の強みは「身体性」であり、電子辞書よりも長期記憶(授業)に向いていると思う。

 

また、生徒には常々辞書を引く重要性を話す。

 

知らない言葉を調べるのはもちろんだが、知っている(と思っている)言葉でも引く価値がある。

 

たとえば「抽象」などはよい例かもしれない。

 

多くの生徒は「あいまい」という意味で捉えているが、辞書にはそのような説明はない。

 

多数の事象からある要素を「抽きとる」「抽出する」のが抽象の意味である。

 

辞書があると授業の幅が広がる。

 

辞書は家に持ち帰る必要はないが、現代文の時間だけは机上に準備しておくように言っている。

チョークの色は少ないほうがよい。

 

私は基本的に白・黄・青しか使わない。

 

なぜなら、私自身が色弱で、生徒の中にも色弱の生徒がいるということを理解しているからだ。

 

そして、色には原則を持たせたほうがよい。

 

白は主線、黄は複線、青は補助線。

 

授業の流れと同じで、原則を固定すると生徒の混乱を避けられる。

 

また、生徒は板書と同じようにノートをとる。

 

あまり色を多用すると、生徒もノートを取るのが大変だ。

 

白一色を使って授業するつもりで板書計画を立てると、シンプルな板書づくりのヒントになると思う。