教員になって1・2年は右も左もわからない状態だ。

 

わからないことがわからない、と言っても良い。

 

しかし、いざ教員世界が見えてくると、色々な暗黙の了解があることに気づく。

 

授業開始時の挨拶。

 

宿題。

 

副教材。

 

授業のめあて。

 

挙げればキリがない。

 

しかし、それらは本当に必要なのか?

 

教員としてある程度経験を積んだら、それらを疑うことも必要だ。

 

聖書マルコの福音書ではないが、「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない。」

 

その規則が生徒のために有益ではないと感じたら、自分の直観の赴くままに行動するべきである。

 

おそらくそれは正解である。

学級に、最初に話すことはいくつかある。

 

その中の一つがヒソヒソ話はやめなさい、である。

 

ヒソヒソ話はロクな話はない。

 

悪口か陰口。

 

最初にこれを言うことでかなり抑制できる。

 

ちょっとした技術だけど、一年通して考えたら大きなことになる。

「子どもの前で学校の悪口は言わないでください。」 

 

10年目ぐらいまではこう言っていた。 

 

今は次の文句をつけ足す。 

 

「もちろん、私も保護者やご家庭の悪口は言いません。

 

共に協力して子どもの成長を見守っていきましょう。」

 

前半だけで終わる教員は多いと思う。

 

しかし、それでは一方的な要求だ。

 

保護者には「仲間」になってもらう。