授業が苦しかった。

 

冗談ではなく、授業のたびに逃げ出したいと思った。

 

ただし、古典の授業は数年経つと慣れた。

 

古典は覚えるべきことがはっきりしており、「知識」によって生徒を納得させやすい。

 

しかし、現代文はいつまでも苦しかった。

 

教育書等も読んだ。しかしなかなか授業に生かすことができなかった。

 

私には授業のセンスがないのだといつも思っていた。

 

隣の先生は普通に授業をしている。私は日々苦しんでいる。

 

授業研究は続けた。なんとかしてこの苦しい日々を脱したかったのだ。

 

そして教師修行を十年も超えたころ、ある先生との出会いをきっかけに、私の授業が少しずつ変わった。

 

今まで蓄積してきた知識と経験がついに結実し始めた。

 

この喜びは言葉にするのが難しい。

 

しかし私はこの喜びを、まだ若く、苦しんでいる教師に伝えたい。

音読の方法はいくつもある。

 

たとば、一人を指名して読ませる指名読み。

 

全員で一斉に読ませる一斉読み。

 

ペアを組んで交代で読ませるペア読み。

 

一文交代でリレー形式で読ませる一文交代読み。

 

他にもたくさん考えられるが、主なものをざっと挙げた。

 

これらの方法のうち、どれを選ぶのか、なぜそれを選ぶのかを教師は自問する必要がある。

 

私が多用するのはペア読みである。

 

なぜか。

 

まず、指名読みは、音読者が一人であるという点が惜しいと感じる。

 

一斉読みは、よほど動機付けをしないと、声を出さない生徒が出てくる。

 

一文交代読みは、ときどき行う。

 

ペア読みは、相手がいるため、サボることが難しい。

 

また、相手との交流を伴うため、おのずと活気が出る。

 

お互いに間違いを見つけたり、読み方の違いに気づく。

 

そして何より、授業という集団で行う意味を最も感じられるのがペア読みである。

 

一人でペア読みはできない。

 

教室でペア読みを行うと、生徒の笑顔や笑い声が起きる。

 

音読の大きな狙いの一つにしている「覚醒」には最も効果的な読みである。

では、音読をする際に気を付けるべきことは何か。

 

当たり前だが、音読にも教員の技術が重要だ。

 

目的もなく「音読しなさい」とは言えないのである。

 

音読で重要なことは、まずは適切な長さであることだ。

 

単語や一文であれば、わざわざ起立させて読ませる必要はない。

 

私は三分前後が良いと思う。

 

これ以上長いと、逆に生徒の集中が切れる。

 

教師は、音読させる部分を考えておく必要がある。

 

それは授業準備の一部である。

 

そしてもう一つ重要なのが、どのように音読させるかである。