どういうことか問題は、言い換えの問題であると教える。

 

わかりにくい日本語をわかりやすい日本語に訳すのである。

 

パターンは主に三つである。

 

①難しい言葉を言い換える

 

②表現技法を言い換える

 

③文脈語を言い換える

 

このどれか、あるいはこれらの組み合わせでほぼすべて説明できる。

 

ミロのヴィーナスの例の場合。部分的な具象、の具象の意味がわかれば両腕の言い換えだと説明できる。

 

放棄はヴィーナスの擬人法と関係していると思われるが、無くすこと、の意である。

 

全体性、は文脈語で、文脈の中で意味を捉える必要がある言葉だ。

 

後に出てくる全体という言葉と対応しており、それをヒントに普遍という言葉とほぼ同義で使われているとわかる。

 

このように、古典を訳すように一つ一つ生徒が納得できるように丁寧に説明する。

 

これはもちろん授業準備の段階にすべきことである。

まず、最初の問いは「彼女」とは誰のことか、という問いだ。

 

答えはこちろんミロのヴィーナス。

 

これは誰でも答えることができる。

 

別章で書くが、すべてノートに書かせる。

 

さらに、ここで表現技法も聞く。擬人法。

 

生徒に聞く際、いきなり指名してもよいが、出なければほかの方法を使う。別章で書く。

 

次に、指示語「そこ」を尋ねる。

 

このとき、指示語の考え方を教えることが何より重要だ。

 

答えよりも考え方を教える方が現代文では重要である。

 

そして最後の問い。これが本時の中心となる。

 

この問いは所謂「どういうことか問題」である。

 

これも「考え方を教える」、という観点を肝に銘じて教える。

授業の構成は、易→難で構成するとよい。

 

最初から難しいと、授業に対するモチベーションを保つのが難しい。

 

そして、その構成は、教材の理解と密接に関係するように構築する。

 

具体例で考える。

 

高校評論文で最も有名な教材の一つ「ミロのヴィーナス」。

 

授業では三つの問いで構成する。

 

①一行目の「彼女」とは何のことか。

 

②三行目「そこ」とは何を指すか。

 

③「部分的な具象の放棄による、ある全体性への偶然の肉薄」とはどういうことか。

 

別章で内容を解説したい。