ということでしょうか?
だからこそ基準になると思います。
フェアに皆が与えられているものが
基準になるべきではないでしょうか?
時間が存在することとは違います。
短い命も平等に
一日24時間与えられている。
「1秒の長さは皆同じ」
ということです。
その使い方は
未定の未来を
少しでも確定させるために
積み重ねることも
その使い方かもしれません。
お昼まで布団の中で
起きてるのに、
ひたすら横になることも
同じです。
ドラッグや感覚的刺激や
名誉を求めるのもアリです。
平等に与えられていることからこそ
それを基準にして価値を創造すればいい。
例外もありますが、
大体は現在の価値に近いです。
この価値に気付かず、
時間を無駄にしてるのは私です。
一番理解している人の中に
残り少ない人生の時を刻んでいる人
がいます
脳みそごとこの世に残して
魂だけで逝かなければならない人は
自分を離すことなく
自分を見失わず
意識の存在を味わっているでしょう
そのときはじめて
「命」
を知るかもしれない
心の中の自分と
しっかりと対話ができているか?
一人遊びをしてたとき
お風呂に浸かって天井を見てたとき
そのとき私は自分と話していました。
前向きでした。
正面から物事を見てました。
故に傷つくこともありましたが、
前に前に進もうとしてました。
それから、色んな不平等を見て
傷ついて
傷つきたくなくて
自分を守る為に
斜めから物事をみるようになり
心に乱視が症状化しました。
心の癖という感じです。
それから人生が淀み始めました。
心の自分と向き合い
自分を見失わないこと
それだけで人生が満たされます。
類は友を呼ぶので、
そういう24時間の価値に気付いた
友も現れるでしょう。
自分にとって
この瞬間をベストのものにできれば
この世は天国だとおもいます。
正しく真っ直ぐに
瞑想しましょう。