超長期廃墟探索ローラー作戦 物件151 佐賀県 伊万里川南造船所跡 | ボヤジャントの呟き。

ボヤジャントの呟き。

過去に行った廃墟探索、今後行う廃墟探索を振り返りつつ、政治経済の話題、時事問題、雑談や長年の趣味であるバイクやギターなどについて雑談して行くのです。

取材日時 2008年 9月11日

コメント・九州北部ではもはや説明不要の超有名物件である。九州にはこういった「遠方の廃墟好きでも名前くらいなら知っている」という戦争遺跡や産業遺跡を始めとした廃墟が多数ある。特に、太平洋戦争前後の日本経済の発展を下支えしてきた北九州地方は特にこの残存率が顕著である。
この伊万里造船所も創立当時は貨物船を作っていたが、戦争に突入すると軍需工場としての役割を受け、人間魚雷や海防艦を製造していたらしい。
ここ以外にもいくつかの産業遺跡があるがそのどれもが何らかの形で戦争と関わりをもち、短期的でいながらも非常に急進的な繁栄と成長を遂げ、終戦と同時に急速に規模を収縮していったものが多い。
終戦と共に日本は高度経済成長時代を迎えたのだが、戦争による特需と経済発展の需要とはなにかが違ったのだろうか。
戦後は船舶の建造、修理に加え。鉄道貨車、客車なども手がけたが後に経営陣内のクーデターによって経営状態が悪化し、破産宣告を受けて閉鎖してしまった。
実際に突入して思ったのだが、この物件内部には遺物と呼ばれるものは全く無い。言うなれば完全なる遺構である。
しかし建物の規模や造形、全体的なデザインはかなりモダンで、ギリシャの神殿をもイメージさせる所も多々あった。
ただ、いかんせんこの当時の季節を考えれば分かると思うが、とにかく蚊が多い
道路からすぐの建物の中を歩いている時はほとんど飛んで来なかったのに、いざドックのある海辺へと移動を始めると、まさに猛襲と呼ぶにふさわしい数の蚊が飛んで来た。こちらは虫除けスプレーと肌を露出しない完全装備で挑んでいるが、それでも二酸化炭素を感じ取ったヤツらは久しぶりの大物とあってか色めきたってたかって来るのが分かるほどだ。
俺は払っても払っても寄ってくる無数の蚊を手で払いながら写真撮影を続け、海辺へと移動していったのだが、その姿を誰かが見たら「こいつは全身から煙をたなびかせながら歩いているのか?」と思ったに違いない。

造船所の探索を終え、移動しようと思っていた矢先、伊万里造船所のすぐ近くの山の上に、RC造りの建造物を発見した。
その物件にアプローチを試みたが、生い茂る藪と伸びきった樹木でなかなかルートが見つからず、手をこまねいていたところ、すぐ近くの民家から出てきたオバサンに、山の上の建造物の素性を聞いたところ、変電所であることが判明した。
車道まで進出した雑草を刈り取る為に炎天下の下で作業にいそしむオバサンに一言お礼と断りを入れて、変電所へのアプローチルートの草刈を済ませ、物件に突入した。
内部は長い事放置されたままのようで、いくつかの不法投棄されたゴミがある以外はこれといった遺物も無く、価値ある産業遺跡とは思えない印象だった。それは岡山の倉見発電所と同様で、RC造りの建物は解体するだけでも膨大な費用がかかるので、中身だけ撤去し外側は好きなようにしてくれといった感じで残されている。
しかもこちらの場合は周囲を樹木に囲まれてしまっている為に、伊万里造船所ばかりに注目が集まっているようで、こちらを廃墟として取り上げているサイトは結局予告物件が豊富な事で有名な「東日本戦跡調査団」のサイトにて予告として紹介されているだけに過ぎない。
確かに、ネットで公表するほどの価値が無い物件かもしれないが、予告物件ゼロを目指す当方としては、本邦初公開としてここにご紹介しようと思う。

関連画像はこちら