取材日時 2008年 9月8日
コメント・数年前にロングツーリングで訪れた場所である。
その当時は年齢から言ってもあまりこの手の建築物や宗教的観念に対し全く興味を持っていなかった。
だが、実際に目の当たりにしたときの圧倒的な存在感や、実は縁結びの神様であったという事(当時から一人身で連れ合いが居なかった事も関係している)で関心を持つようになり、現在は交流を絶っているkerberos氏の寺社仏閣好きも後から影響したが、その当時は銀塩カメラしか持っていなかったのであまり枚数は撮らなかった。
それから行く数年の月日がたち、再び山陰地方に足を踏み入れた時には廃墟探索の目的とは違っても是非あの荘厳な雰囲気を味わいたいと思っていたのだ。
現在俺の手元には枚数を考えないでシャッターを押せる強力なデジタルカメラが二基ある、そう簡単に来られる所ではないから時間の許す限り画像に納めようと思った。
当日は月曜日の朝という極普通の平日である、当然人の出は少ない、しかし日本一由緒ある神社とあって、早朝から観光客や地元民が散策に訪れていた。
久しぶりに見る出雲大社は当たり前だが当時のままだった、しかし周辺には前回訪問時には無かった建物が幾つか増えており、多少の変化はあったみたいだ。
前回に比べても倍以上の時間を掛けて境内を巡ったと思う、やはり興味を持って廻るのとそう出ないのとでは視線のやり方も全く違う、敷地内にある一つ一つの建築物に近づいて、その由来についての能書きをきちんと読むし、写真を撮る時も様々な構図からカメラを構えてシャッターを押す。
廃墟は所詮負の遺産としてでしか見てもらう事は出きず、いつ取り壊されても構わないような扱いしか受ける事は出来ない、しかしおれが今まで見てきた全ての廃墟が束になっても叶わないほど古いにも関わらず、国宝として国挙げての手厚い保護を受けているこの建築物は、世紀を越え幾度の戦火や震災にも耐えて今日まで現状を保ってきた(一部の建物は火災で焼失しているが)。それゆえに廃墟には無いオーラは出ているものの、朽ち果てているところが無いのでおどろおどろしさと言うのは皆無である。当たり前だがどんなに古くても現役である限り建物というのは意外と頑丈に出来ているものなのだ。
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