取材日時 2007年 8月15日
コメント・ 夕張を一巡りした後、14日の昼過ぎには、美唄市郊外の「我路「」という集落のはずれにあるキャンプ場に幕営。
その日はそのまま町まで出て温泉に入ったり、買出ししたりして翌日に備えた。
15日は早朝から精力的に探索を敢行、奔別、弥生炭住街、幌内、南美唄を廻った。
ある場所から適当に幹線道路から離れ、地図に自分でマーキングしておいた場所に差し掛かると、その目印は直ぐに見えてきた。
普通の廃墟を探すよりも遥かに簡単に炭鉱施設は見つけ出す事ができる。
特に「立坑櫓」が残っていると、相当の遠くからでもその存在を確認する事ができるからだ。
空知エリアの晩年まで稼動していた保存状態のよい立坑櫓である。
炭鉱に詳しい人は、入気櫓(にゅうき)と呼称しているらしい。
物件番号と探索した順番が前後しているが、あくまでも物件番号は出発前に廻る順番として決めていた為。