ぼてさん、時々ベンジャミン、たまにJW.org -44ページ目

ぼてさん、時々ベンジャミン、たまにJW.org

エホバの証人に対する記憶、気持ち、想い、葛藤、未来を書いています。

私が集会に行かなくなってどれくらいか・・・・・

2011年の10月頃に仕事で適応障害と診断されました。(後に別の病院で鬱と再診断されました)

その頃は、全時間の仕事をしながらアクロバティックに金曜の集会に出席していました。

それから2回目の大波が来たんですよね。
この変の記憶があまり無いのです。
多分2012年の9月位に最後の公式な奉仕をしたような感じがします。
その時に奉仕はもう無理でしたが、出来る限り集会は支持していました。
会衆の学校の割り当ては、薬でろれつがまわらないながらも、なんとかこなしていました。

集会に行くことがだんだん苦痛になり、割り当てをするのにもメチャクチャ精神力を使いながら果たしていました。だんだん、割り当てや会衆の仕事を考えると「もう無理や」と言って泣きそうになっていました。大した仕事でもないのにです。

ある日曜日、調整者の長老に「病気で、会衆の仕事が出来ません。WTの朗読も、学校の全ての割り当ても全部外してください」と言って外してもらいました。

その後、ぷっつりと集会に行かなくなったので長老が心配していると妻から聞きました。だからって行けるわけもありません。

これが、いつのことだったのか記憶が無いのですよ。言ったことは覚えていますけど。
多分2013年4月頃かなぁーー この季節は毎年調子悪いですから。

ということは2年間、集会、大会、記念式に出席していないです。 もう不活発のリストに入っているのかな? 奉仕報告の催促もずっと無いし、誰も訪問して来ないしね(妻が、私の鬱でひどい状態だから誰も来ないで!! と念押ししているからという理由もあります)

このまま消してくれーーー。

んでぁ!
ドアの向こうのカルトを1日で読了した。

というか、読めた。英語由来の日本語なのか、文章がしっかりしていたので、理解に引っ掛かる所がなかった。

構成も読者が擬似エホバの証人になって、研究生、バプテスマ、ベテル、その後・・・と経験出来る様になっていて良かったと思う。

25歳でセックスの仕方が分からないというのにはびっくりしたが、2世の方ってそんなものなんですかね? じゃぁ、どうしてお前たちは不道徳な関係になれるのだ?と考えたのだが、どうでもいいか。

世の人が悪い人というJW的定義には、1世の私はあまり考えてこなかった。演壇から話される「世の人の交わりは危険」ということには、「ふーーん。過度に親しいのはダメね」というくらい、に考えていた。なので、世の人と集会を休まない程度に泊まりで遊びに行ったり、コンサートに行ったり、金曜集会終わってから世の友人とスキーに行ったり(年齢が分かる)していた。

もちろんJWの友人ともいろいろと遊びに行ったよ。

本当に同年代に加え年代も違う世の友人を作らないと、人間関係のバランスの取れない様になるではないか。筆者もそのような感じのことを書いていたが。

で、ここでの問題は親の存在なのね。親が干渉してくるのがうっとしいわね。
私は会衆の長老に「遊びの僕」と言われていたけど、別に注意も怒られることも無かった。
いちおう奉仕も出ていたし・・・。

あ、感想感想。
過去のアメブロでのJWの活動は知らないのですが、みなさんのブログの開始時期が2013年からが多いという感じがしている。ということは、2つの世代とか、奇妙な指示事件から変なると思われたのでしょうか。寄付の強要もあって、「あららどこに行っちゃうの?」と思い、暗澹たる気持ちになり、終わっちゃった~と思った。

あれ?感想にならない・・・。

WTを読んで真剣に考えていると、おかしいと感じる。WTの文面で、思わないのは従順でもなく思考停止何じゃないかな。ただ、ただ、それを理解して続けるなら、人それぞれ、ご自由に。

この本を読んで、妻がいつも言っている、「考えるようとすると頭がシャットアウトする。」の意味が分かったような気がした。

考えることが許されない。何も言わず従っていればそれで従順。それ以上言うと”ムチ”される。それならば言わないほうが良いじゃない。という思考回路になるのねぇ。

もう、考えない。良いか悪いかのデジタル思考になって、妻と話をすると「良い」「悪い」の2つの値しか出てこない。これは生きるのしんどいだろうなぁ。

人なんて2タイプだけじゃないもの。多分これで余計にストレスを感じていると思う。

あ、やっぱり感想にならなかった。でも、こーゆーことを考えました。

p.s.支離滅裂な文章でごめんなさい。

んでぁ!