さっき、お風呂に入っていたときに思い出した話をひとつ。
私がまだエホバの証人的に従順な伝道者だった頃。
今はもう亡くなった長老が、「ぼて兄弟の奉仕時間はどうですか?僕(しもべ)を目指すためにも奉仕時間を増やされたらどうでしょうか?」とのたまった。
私は、「はぁ・・・」とYesともNoともどちらにもとれない返事をする。
私はその時はお仕事で転勤した場所でエホバの証人をしていたので、3か月間毎週末に最終の新幹線でやっと帰って来て日曜の集会と奉仕にでて、また夜に出張先に行くみたいな生活もしていた。
仕事が面白かったんだよね。
それで、私は「では、具体的にどれくらい奉仕時間を入れたら良いんでしょうか?」と問うと、
長老は「伝道者の平均奉仕時間は入れた方が良いでしょうねぇ・・・・」と答えた。
その頃は王国宣教というモノに毎月の奉仕報告の集計が掲載されていた。
そのころの私には夢のまた夢の奉仕時間で、そんな生活してたら無理だよね。
まさか客先の会社でそんな話も出来ないしね。出禁になるわ!
重ねて言うが、その頃の私はエホバの証人的に従順だったので「そうですねぇ・・・」と期待値を持たせたような返事をしたが、「それっておかしくないですか!!!!」と思ったよ。
まぁ私個人に適用してこの長老は私に励ましたということは理解しているよ。理解している。
だがな、それを伝道者のみんながやり出したら平均時間はどんどん上がっていき、平均値を目指せば目指すほど、平均は上がっていくだろう!! じゃぁこれは何のために何をしているのだ?という馬鹿げた、馬の鼻先にニンジンをぶら下げたのようなレースになるじゃん。意味無いじゃん!
まぁ今のは冗談としても、大事なこととして、人の平均値を目指すというのは人の結果と比較しているのだから、「人と自分を比較している」という、してはいけない励ましだと思う。
自分の出来ることをできる範囲を最大限すればいいんじゃないのか?聖書にはそう書いていたと思うけど。人と自分を比較して頑張ろうとするのは窒息するよ。本当に。
どこまで考えての長老からの励ましだったのかしらね?
んでぁ!