聖書最大のミステリーが創世記 3章に登場します。
禁断の実と、神の預言です。
どのような意味があるのでしょう。私たちに関係があるのでしょうか。
「野生動物の中で蛇が最も用心深かった」・・・
それが、誘惑者に利用された理由でした。
「蛇が女に言った」・・・
蛇は言葉を話せたのですか? そんなはずはありません。人間だけが「神に似た者」(1章27節)として造られたのであり、『あらゆる野生動物』の中には人間を「補って助けてくれる」者はいなかったのですから。(2章20節) 知性を持つ被造物は、地球上で人間だけでした。
では誰が話しかけたのでしょう。
人間より先に、天使たち・・・人間には見えない体を持つ者たちが造られていました。
(ヨブ記38章)
神が地球を創造した時、天使たちはそれを見ていました。いや、見ていたというより、創造の業にかかわっていたのでしょう。「共に」働いたほうが感動は大きいのです。
「神の子たち」「明けの星」「神のような者たち」はすべて天使たちを指します。そのうちの一人が、エデンの園で特別な仕事に就いていました。
エゼキエル書28章はティルスの王に対する神の宣告ですが、すでに消滅していた『エデンの園』にいたはずはないので、別の者を指しているのは明らかです。また、園にいたことがあるのは裸の人間であり、宝石で着飾ってはいませんでした。ですから、人間以外の者ということになります。その場合、宝石や金の台座は象徴的な意味です。
※ このように、まったく別の時代に書かれたものに、創世記3章の謎を解明する情報が含まれていますので、聖書は全体を比較検討しないと解明できません。
「ケルブ」すなわち高位の役職に就いていた天使が、人間や生物や地球に「保護を与える」任務から外れ、神への反抗の歩みを始めます。腹話術師のように蛇を操ります。
「蛇が女に言った」・・・
標的は、地上に生まれて間もない女でした。アダムにはあらゆる動物たちを観察する十分な期間がありましたが、女にはわずかな経験と知識しかありません。
「女が蛇に言った」・・・
人間の言葉を話す蛇に対し、女には警戒心が見られません。楽園の暮らしは、安心感を与えるとともに、見るもの全てが常に好奇心を刺激するものであったことでしょう。なんでも知りたいという欲求に、蛇はつけ込みます。
「全ての木の実を食べてはならない」・・・
蛇は、女が聞いていたこととは逆の話をし始めます。すぐに否定したくなる話をあえてすることで会話をするためです。蛇が話しているという異様な事態より、話のほうに注意が向きます。同時に、「食べてはならない」という言葉を印象付けます。
「と神が言ったのは本当ですか」・・・
そんな話をうわさで聞いた・・・ほかの動物も言葉を理解できる、と思わせたかったのでしょう。同時に、神に対する疑念を巧みに植え付け始めます。
「食べてよいのです。でも、庭園の真ん中にある木の実について」・・・
女はすかさず反論しますが、「食べてはならない」という言葉に見事にはまり、禁じられた木の実に誘導されます。園の中の食べてもいい多くの木の実のことより、そちらが気になり始めます。
「触れてもならない」・・・
神は触れることを禁じたわけではありません。アダムがそう伝えたのです。妻を守るためでしょう。神と直接話していたのはアダムだけです。
「あなたたちは決して死にません」・・・
蛇は神の言葉を真っ向から否定します。真実と思わせるために断言します。女は、正反対の話を初めて耳にします。どちらを信じるかが試みられます。
『食べた日に、目が開かれ、神のようになって善悪を知る』・・・
食べれば神のような知識が得られる・・・この木の実には神の持つ知識が詰め込まれている・・・と言っています。1本の木にすぎないのですが、残念なことに誘惑の言葉となりました。
「神は知っている」・・・
神は真実を隠している、ウソをついている、と言っています。
「女がその木を見ると」・・・
それまで気に留めることもなかった木を、女はわざわざ行って眺めます。「おいしそうな実」をつけた「魅力的な美しい木」であることに気付きます。
なぜこの実だけは食べてはならないのか・・・
なぜ触れてもいけない木が園の真ん中にあるのか・・・
疑問を持ち始めた女の思いの中で、食べれば神のような知識を持てる、という蛇の話が真実めいて見え、次第に膨らんでいきました。
蛇が言葉を話せるのは、この実を食べたからかもしれない・・・
夫が知らないこともあるはず・・・
と、女は考えたのかもしれません。
女は食べましたが、死にませんでした。あとで夫にも渡します。蛇から聞いた話を自慢げに話したことでしょう。
アダムは受け取って食べました。神に禁じられた「善悪の知識の木の実」であることを知ったうえでです。蛇が人間の言葉を話すはずありません。では、アダムはなぜ食べたのでしょう。
「すると、2人の目は開かれ」・・・
木の実には、知識において「神のように」なれる特別な力があったのでしょうか。いいえ、「自分たちが裸であることに気付いた」だけでした。
人間は「悪」を行い、神に対する後ろめたさを感じ、自分を恥じるようになりました。その意味では初めて「善悪を知る」ようになったのです。
「そよ風が吹く頃・・・エホバ神の声が聞こえた」・・・
人間に神は見えません。何らかの姿で現れることもありませんでした。神は人間を驚かせないため、足音や「声が」聞こえるように配慮して人間に近づきました。
「隠れた」・・・
人間の体は神が造ったのです。創造者に、なぜ身を隠す必要があるのですか? 2人はそれまでの精神状態ではなくなっていました。
「裸だったので怖くなって隠れました」・・・
彼らの中にあった良心が彼らを裁きました。神が命じたことを破った後ろめたさです。裸のままでいたことが悪なのではありません。
(ローマ書2章)
良心は本能のように働く能力で、最初から人間に与えられていた道徳感覚です。
「裸であると誰から言われたのか」・・・
反抗をそそのかした第三者がいることを神は人間に告げました。
「食べてはならないと命じた木の実を食べたのか」・・・
恥ずかしさを感じた原因は裸であったことではなく、禁令を破ったことである、と率直に告げます。
「あなたが私に下さった女」・・・
アダムは禁令を破った行動を、むしろ神のせいにします。女をかばうことも、許しを求めることもしません。
「蛇が私をだましたのです」・・・
女は事態を理解したようです。神のような知識が得られなかったことが分かりました。それでも、自分が欲望を募らせたのですから、正当な言い訳にはなりません。
「あなたは腹ばいになって動き」・・・
これは蛇族に対する神の呪いでしょうか。いいえ。蛇を用いて女を誘惑した者のこれからの生きざまを、蛇の特徴に例えたのです。
この蛇が何者かについては、およそ1,600年後に書かれた啓示の書が明らかにしています。
「初めの蛇」は「悪魔サタン」と呼べれる邪悪な天使です。「悪魔」は中傷する者、「サタン」は反抗する者を意味する言葉ですが、この者を指す固有名詞となりました。あらゆる悪の根源で、実在します。
地球を『保護する』特別な務めに就いていましたが、人間が造られて地球と生物の全てが与えられたことに、多少なりとも嫉妬したのかもしれません。自分より劣る人間、増え広がる人類を思いのままに支配する、という欲望を募らせて人間を神に反抗させました。そのために、神をウソつきであると中傷しました。
神に選ばれた高位の天使が人間を誘惑して神に反抗させたこの出来事は、すべての天使たちをも巻き込む論争になりました。神は真実を語っているのか、神に従うことが唯一の正しい道なのか・・・
神の真実さと共に、神が創造したあらゆる理知ある被造物の忠誠が試されました。多くの天使たちが、悪魔サタンに従いました。
(創世記6章)
「気付くようになった」という表現は、女が禁じられた木の実を見た時と同じです。欲望の目で見るようになった、という意味です。肉体を付けて人間の女と交わるようになりました。これは神への反逆でした。
天使たちは超自然的な力を見せて女たちをたぶらかしました。人間の目には、まるで天から降りてきた神々のように見えたことでしょう。その結果生まれたネフィリムと呼ばれる巨人たちは暴虐を行いました。「よく知られた」その者たちは、ギリシャ神話などに伝説として残っています。
「あなたと女」「あなたの子孫と女の子孫」・・・
神は動物の蛇ではなく、それを操っていた者に語っていたのですから、「女」も人間の女を指しているのではない、ということになります。
その「女」についても、啓示が明らかにしています。
この「女」が創世記3章の預言にある「女」です。「天」にいる天使の軍勢です。
ミカエルというのは天使の頭、神の長子です。天使の軍勢に敗れたことで、その「女」に対して、竜すなわち悪魔サタンが激怒します。
「彼女の子孫」で「残っている人たち」とは、「証言する務めを与えられている」地上の信者たちです。
「彼はあなたの頭を砕き」・・・
どんな生物でも頭を砕かれれば死にます。なので、蛇を操っていた悪魔サタンが、「女の子孫」イエスによって滅ぼされることを意味します。
まもなく、サタンは1000年間 『縛られ』 て無活動にされます。その後、解き放たれて再び反逆の行動を起こし、そそのかされた追随者たちと共に完全に滅ぼされます。「火と硫黄の湖」は”絶滅”の象徴です。なにも残りません。
『永久の苦しみ』とは、その出来事が、記録や記憶から決して消えないことを意味します。
「あなたは彼のかかとに傷を負わせる」・・・
かかとですから致命傷にはなりません。人間イエスがはりつけにされて処刑された出来事は、神の観点では一時的な「傷」でしかありませんでした。
創世記3章の預言は、数千年を経て、西暦1世紀に成就し、これからさらに成就します。
「妊娠中の苦痛を大きくする」「苦しみながら子供を生む」・・・
神から離れた影響で、妊娠中に苦しみ、出産時にも大きな苦痛を感じることになります。今日まで女性が経験してきたことです。
「あなたが妻の言ったことに従い」・・・
アダムの行動は、すべてを理解したうえでの行動です。誰かに欺かれていたのでないことを、神は知っていました。神より、人間の妻の好意を得ることを優先したのです。
「地面は災いを被った」・・・
神の祝福を失った結果として、食物が容易には手に入らなくなることを予告しました。いばらとアザミが増えることで、食料となる植物が育たなくなるのです。
「土に戻る」・・・
人生の終わりが来ることを告げました。来世とか、霊界での生活とか、そんなものはありません。死んで、土に戻るだけです。
「彼女は生きる人全ての母となる」・・・
アダムとエバが私たちの先祖です。二人から生まれる子孫の全てに、二人と同じ結末が臨みます。
『命の木からも実を食べて永遠に生きるということのないために』・・・
神が最初の人間に与えたのは永遠の命。「命の木」はそのことの象徴でしたが、反抗した人間が、その木の実を食べたことを根拠に永遠の命の権利を神に主張する事態を避けるため、ケルブたち(高位の天使)に守らせます。
エデンの園は山岳地帯にあったので、「東に配置」すれば侵入を防ぐことができました。この物語の真実性は、園が存在する間は確かめることができました。




























































































































