逢えるじゃないか また明日 PartⅡ -8ページ目

逢えるじゃないか また明日 PartⅡ

ボスザウルスの隠れ家から「逢えるじゃないか また明日 PartⅡ」に変更しました。yahoo!ブログの閉鎖に伴い、アメブロに移動し、合体させました。引き続き宜しくお願いします。

ただ今編集中に付きしばらくは不完全ですので宜しく。

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10数年前に知り合って その時から好きな人なんだけど
歳も離れているし 生きている世界も違う人だし 仲良くはしているけれど
あまり気にしないようにしているのだけど やっぱり好きで
それでもどうする事も出来ないでいる

今また その人の事を思うと 年寄りなのにキュンキュンして
妄想もめぐらせるのだけど それはいつでも妄想で それ以上の進展はない

でも気が付くと いつもその人の事が頭の隅にあって
旅行に行くにも 美術館に行くにも 映画に行くにも 観劇に行くにも
いつも誘えないかと思ったりするのだけど 誘う事など出来なくて
悲哀を味合う日々が続く

よっぽどその人が結婚してしてしまえば 諦めもつくのだろうが
良い歳になっているのに 結婚の話もなければ 付き合っている人の話も出ない
密かに付き合っている人が居ると聞けば きっと焼きもちを焼くのだろうが
そんな話は聞きたくないと思ってもしまう

気持ちを伝えてみたいと思う気持ちも有るけれど それは相手が困惑するだろうし
そんな事が出来るはずもない

こんなふわふわとした気持ちが いつまで続くのだろうか
そしていつかは その気持ちを伝えないまま 私は朽ちて行くのだろうと思う
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二日遅れて息子の誕生日祝い。

新潟寺泊からの直送魚類を扱う「角上魚類」へ買い出しに行き、手巻き寿司のネタ仕入れ。中トロと刺身の盛り合わせを買って、更にカミサンが好きな、とびっこ、いくらもチョイス。息子の大好物のハラスも買って準備万端。

カミサンが仕事なので、買い出しから準備はすべて私の仕事。
普段ならお米は二合も炊けば良いのだけれど、「四合は必要だよ」と言われていて、余り多く炊いた事はないから水加減が不安。

カミサンが帰ってくるのを待って、ハラスを焼いて、納豆を混ぜて、盛り付けも終わり。お酒は、先日父の日に娘が送ってくれて獺祭磨き二割三分。
ワサビは、先日行った伊豆天城の浄蓮の滝で買った生ワサビ。

息子もカミサンも喜んでくれて、お米は四合ペロリ。
いつも不機嫌そうにしている息子も、昨夜は笑顔で楽しく会話。33歳毎日元気に頑張っている息子。嫁さん貰ったら、もっと楽しいかも知れないけど、そんな兆候は全くなし。カミサンはその方が良いみたい。(笑)
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神代植物公園
植物公園もこの時期は見頃の花はほとんどない。
梅も終わりに近づき、広い公園を歩いても色づくものも少ない。
実際にきれいなのは、園内にある売店の花々。

それでも温室は花盛りだが、洋花ばかりであまり好きではない。
睡蓮の池はきれいだ。
日本人の自分の感覚でいうと、睡蓮の緑の葉に覆われた池から覗く睡蓮の花が可憐で美しく見える。

睡蓮と言えば、我が家にも水連があり、花が咲くのを楽しみにしたものだった。戦時中使われたと思う防火用水のコンクリートの池(我が家では池と呼んだ)に、水連が植えられ、家の中には金魚も飼っていた。
父は、どの時期かは忘れたが、毎年池の中の睡蓮の鉢に、ニシンを埋めていたが、それが肥料だったのだろうか。謎である。

調べてみたら、ニシンは睡蓮の最高の肥料なのだそうだ。
父も良く知っていたものだと感心する。
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天気の良い日曜日。
久しぶりに深大寺と神代植物公園に行ってきた。

我が家の周辺には武蔵野の自然が沢山ある。小金井公園、野川公園、少し足を延ばせば井の頭公園。そして今回の神代植物公園。
近いからすぐにでも行きそうなものだけれど、なかなか行かないのが現実で、ここに来たのも一年ぶり。
梅が終わりになって、春を待たないと植物公園らしさは中々見つからない。

比較的いつもより空いていた鬼太郎茶屋にはいって、グッズを眺めてみるが、買いたいものは見当たらないな。
3月に入ると恒例のだるま市が行われる。また大変な人出に来週はなるのだろう。


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人間の命は短いけれど 人生は長い
自分が没する時は 長いと思うだろうか 短いと思うだろうか

肋骨が折れた
それで死ぬようなことはない
全治1か月
人間の体は 意外としぶとい
だけど 痛いのは我慢できない

67歳最後の日の出来事



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むかしむかしお座敷小唄という歌があった。
京都先斗町という名前は、その歌で知った。
パピプぺポが頭に付く地名など聞いた事がなかったから不思議だったし、どんな字を書くのかも知らなかった。
ポントチョウ
世の中にはカタカナ文字の地名もあるんだと思ったものだった。
その内、チョウはまちを表す町である事を察知したが、ポントは理解できない。

京都に行った。
八坂神社から四条に向かって歩く。祇園があり四条南座を超えて、四条大橋を渡る。わたってすぐ右側が木屋町通りで、通称先斗町。
先斗町と書かれていても、読めなくて、そこがポントチョウだと思わなかった。
町とはつくが、そうした町名はなく、むかしの花街の名前。
変な名前だが、その由来は謎らしいく、一説には鴨川と高瀬川の間にある事から、川ではなく皮と皮が張られた鼓を叩くと「ポン!」と音が出るから、ポント町になった。とある。いかにも洒落っ気のある名前ではないか。
なぜ「先斗町」に文字があてられたかは判らない。

狭い石畳の道を、沢山の人が歩いている。
京都に行くと、この道を歩いて、京都らしさを満喫する。10代の頃から歩いているから、もう50年も京都に行くと歩いている。
川床料理も食べに入った事はあるが、一人旅では入る勇気はない。
路地を曲がった所にある静かな料理屋がお気に入り。

今週末の京都旅行は体調不良などあり取り止め。
5月の大阪の時に行く事にしている。
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雨の好きな人はロマンチスト
そう定義付ければ わたしはロマンチスト
恋に恋するロマンチスト

相合傘は良いけれど あれじゃきっと濡れてしまう
どうせ濡れるなら
一つのコートを肩にかけて わたしに寄り添う君が良い

土砂降りの雨の中 店先の軒で雨宿り
飛び込んできた君の姿 そっと髪に手をやるそのしぐさ
いつまでもそうしていたい束の間の時間

水たまりにわざと入ってじゃぶじゃぶと
新しい長靴が踊ってる
あの日あの時のあの時間 母が後ろで笑ってる

傘をなくしたあの日の夜
風呂屋の出口で空を見上げた
買ったばかりの大きな黒い長い傘
君には派手な小花の傘を買おう

雨はドラマを作り出す
きっとドラマを作り出す
だからわたしは雨が好き