君はいつも夢に出てくる
中央線の何処かの駅のすすきの生えた大きな広場その近くの木造の家の二階に君がいる様な気がするだけどいつも会えない君の存在がそこにあるのに
高層階の非常階段を上ったところに君の家があるらせん状の階段をのぼってその階にたどり着くしかしいつも扉が見つからない君の存在がそこにあるのに
酒場が何軒か続く通りいつも行く店を通り越して君を探すまた戻るが道がY字路どちらに行けば良いかわからず行ったり来たりいつの間にか酒場が何軒か消えている何を探して歩いているのか
君の存在は50年も経った今での忘れないだけど顔を思い出せない名前は覚えているが漢字では書けない沢山の出来事の一つ一つが消えていく今思い出せるのは幾つかの事
その時は大事だとは思わなかっただけど今思い出せるのはその頃の小さなこととてもとても小さなことそれが一番大事だったのかもしれない
君の存在は今は夢の中だけ会いたいと思っても気ままに会うことはできないいつまた君の存在を確かめられるだろう
そのうち全部消えてなくなるんだな

白雲悠々
雲が流れる。雲が広がる。雲が暴れる。
雲は自由だ。かたちを変えて気ままに流れる。雲は大きい。地上のなにもかも飲込むように広がる。雲は野蛮だ。風をもたらし雨をもたらし雪をもたらす。
白雲悠々
白い雲は青い空に良く似合う。青い空は白い雲に良く似合う。赤い空に白い雲は物悲しい。白い雲に赤い空は輝かしい。
灰色の空はある日の自分。真っ黒な空もある日の自分。真っ赤な空もある日の自分。真っ青な空もある日の自分。真っ白な雲にはなれない自分。
白雲悠々は父が好きだった言葉。白雲悠々は父から授かった言葉。白雲悠々は自戒の念を思い起こさせる言葉。

旅に出たい。旅に出たい。旅に出たい。
カメラを担いで旅に出たい。旅に出たい。
知らない街の、知らない道を歩きたい。旅は楽しい。目を見張る風景もあるし、忘れられない光景にも出会える。それを切り取ると別の世界が開ける。旅のお供は、いつものカメラ。もう古ぼけて、傷もつき、完璧ではないカメラだけど、唯一の相棒。
旅に出たい。旅に出たい。旅に出たい。
知らない街の酒場で酒を飲みたい。寒い中歩いてきて、熱燗の入ったコップ酒で手を温める。ほのかに香る酒の匂いを、身体全体が受け止める。知らない言葉が飛び交う酒場で、一人赤ら顔になる。心の芯に焼付く風景。
旅に出たい。旅に出たい。旅に出たい。
右にしようか、左にしようか。石畳の道を歩く。誰が撒いたか打ち水で石畳がきれいだ。カメラを出すのがまどろこしい。着物姿のおばあさん素敵だな。やっぱり知らないおばさんだ。
旅に出たい。旅に出たい。旅に出たい。
夢の続きを見てみたい。ここを曲がればあの人が居るだろう。きっといるに違いない。夢の続きならば。
旅に出たい。旅に出たい。旅に出たい。
父と歩いたあの道を歩きたい。若者のわたしと、今のわたしより若い父と。立ち寄った店はどこだろう。260円の天丼を二人で食べた。あまりの海老の小ささに、二人で顔を見合わせた。
旅に出たい。旅に出たい。旅に出たい。
懐かしい想い出が、どこかの街にあるだろう。知らない街を歩きたい。今すぐ旅に出たい。
だけどやっぱり行かれない。旅に出たいが、行かれない。今夜は行かれない旅の夢を見る。
旅に出たい。
あと1週間も経つと、また歳をとる。1年間の速さは、歳と共にその速さが増して、超高速になっている。早いと言えば、情報の速さは飛びぬけていて、それまではテレビのニュースや新聞などの媒体で知る事だったが、今ではインターネットによるものが多い。またインターネットを見てなくても、それを見ていた他人からも情報が入るから、子供の頃から考えたら、数千倍の速さで情報が伝わっているだろう。残念な事に、余分な情報まで入って来るから、余計な事まで知ってしまう事がある。それは、全くの赤の他人の情報であればよいのだが、自分が関係する人の事だったりすると、「知らなか良かった」と思う事もあったりする。早いと言えば、流通が発達して、商品の到達が早い。仕事場では「アスクル」という販売ツールを使って買い物するのだが、名前の通り「明日来る」で、翌日には商品が届く。それも午前中に頼んだりすると、午後に届いたりしてビックリする事もある。仕事場とは関係なく、ネットでファブリーズを購入した。いろいろ臭いには気を使わらないといけない歳だと思っている。加齢臭、たばこ臭、体臭など、自分が気が付かないところで、嫌な思いを他人にさせないようにと、ここのところ気にしていたからだ。そのファブリーズを、複数買うと安くなるので、まとめ買いをした。ネットで買うと実に安い。今回などは、Tポイントカードが使えて、ある程度溜まっていたので、差額200数十円で、6本も買えた。「アスクル」に頼んだ訳ではなかったのだが、提携しているようで、アスクル便で翌日には届いた。実際2000円以下の商品だったのだが送料は無料。通常宅急便で頼めば700円やそこら送料がかかるのだが、その辺の契約システムはどうなっているのだろう。ネットも早くなった。昔ならPCの立ち上がりから繋がるまで時間がかかったし、情報を得るにも暫く待たなければ見る事が出来なかったし、画像が届くにも時間がかかり、動画などは、途中で止まったりしたものだった。今はクリックすればすぐにつながる。それが当たり前になっているから、少しでもつながらないとイライラしてしまう。PCがなくてもスマホがあれば十分に同じように即座につながるから、外出中にでもいくらでも情報を知る事が出来る。電車に乗って、座れるような環境で周囲を見ると、8割近くがスマホや携帯を見ていたり、使ったりしている。若いんだから座らないで立っていればいいのにと思っても、ゆっくりスマホをしたいものだから、我先にと座席に座りたがる。それは優先席でもお構いなしだし、電車を降りる時も片手にスマホを持ち見ながら下りていくから、周囲の迷惑もお構いなしで、それは階段でも同じように見ながらタラタラ歩いているから、気短な私はイライラしてしまう。昨年から宿直仕事をするようになり、泊まり勤務。特別な事件で起きなければ、決まった時間から寝られるし、ゆっくり起きる事も出来る。ただし、館内の異常が発生すると警報が高らかに鳴り、飛び起きなければならない。1度だけ経験したが、大した事ではなく、すぐに作業は終了して自由になったが、深夜に一度起きてしまうとなかなか寝付かれないのが難点だ。あくる日は引き継ぎをして終了となる。いわゆる「明け」という事で、ある意味ラッキーな一日が出来る。そして自分なりの楽しみは、朝食と昼食を兼ねたあるお店での昼飲み。写真は、その店でいつも食べる刺身定食のお刺身。これにご飯とみそ汁とお新香と小鉢が衝いて980円。ご飯とみそ汁はお代わり自由。セルフだがコーヒーも飲めたりする。この定食を頼んで、コップ酒を頼む。それも1杯から2杯と重ねる事になり、気が付くとまた別の料理を頼んだりしている。この時間に来ると、いつもの常連さんのおじさんがいる。私より数段年寄りに見えるのだが、話をしてみると私より若い。電車に乗って、この店に来て、定食ではなくお酒だけ2、3杯飲んで帰る。民鉄を定年で退職してからは、ここに来るのを楽しみにしている自由人。「民鉄」と言われても最初は意味が解らなかったが「国鉄」今のJRではなく、民間鉄道の意味だと知らされる。一つ勉強になった。

昨日は手付かずだった母の遺品整理。
旧桜堤小学校のお別れ会に使える資料はないかと探していて、結果母のものばかりある押入れの中を引っ張り出す。
一間の押入れの上下殆どが母のもので、その中の大部分が写真。
小学校の教員を定年まで勤め、その後は自分の好きな事に費やした。それが子供の頃から好きだった野草の研究と写真撮影。
スライドにした写真が1000枚以上あり、プリントしたものはそれ以上ありそう。野山を歩いて写真を撮るサークルに入って、展示会なども行ったようで、大きな展示用の写真も多数出てきた。...
そんな中見つけたのが母が写真を撮っている姿。これには驚いた。父が居合を教える為に海外への渡航にもついて行った時の写真も数えられないほど。ニューカレドニアにもフランスにも何度も行っているし、その時の渡航記録も書かれたものもある。綺麗な横文字を書いているのにもビックリ。そう言えば英語もフランス語も勉強してた。そして子供の頃からたしなんでいた謡曲のテープも沢山出てくる。更にビックリしたのが、子供の頃からの武蔵境を年を追って書いていること。大正時代から昭和初期の武蔵境の様子が判る。
母の母(祖母)が母の出がけには「馬に気をつけなさい」と言ったという位、当時は馬や牛が沢山飼われていたらしい。
女学校の桜蔭時代のアルバムや高等師範に通った時代のアルバムまで出てきた。教員時代の給料の支給リストまで出てきた。写真と合わせて、母の書き残したものを一つにまとめるのが、これからの私のライフワークになりそうだ。

期日:2016年9月15日(木) 中秋の名月時間:19:00~20:00場所:全国各地 それぞれの場所で*同じ時間に見るのがポイントです
今年で10周年を迎える「みんなで満月を見上げよう」
全国各地それぞれの場所で、同じ日の同じ時間にお月様を見上げようという企画です。遠くに住んでいる家族や友人、ブログやSNSだけで繋がっている方も、同じ時間に同じお月様を見上げる事で、何か不思議な気分になる企画です。
「あの人も見上げてるんだ」と思う事で、遠くに離れていても繋がっているだ。と思えるはずです。
毎年沢山の方に参加していただき、参加人数は、いまや数えられないほどです。そして、皆さんが見上げた満月の写真を投稿していただければ嬉しいです。
この企画をして、今年で10年目の節目になります。是非たくさんの方に参加していただくよう、しぇあ拡散してくださるとうれしいですね。毎年満月の日に行っていますが、今年は満月が9月17日の午前4時という事で、中秋の名月の9月15日に実施しますので、お間違いのないようにお願いします。



昨夜は、久しぶりの野球観戦。東京ドームでの野球観戦は10数年ぶり。ドームへ行ったのは2013年のザ・タイガースのコンサート以来になる。
知り合いの俳優さんから頂いたチケットでの観戦だが、日ハムVS楽天は、頂かなかったら見に行くこともないだろう。女性3人と私の四人。どちらを応援するでもなく、飲む喋る、飲む喋るの連続。興味の焦点は大谷翔平選手のバッティングだが不発に終わり、最終回を見ずに退散。
いやぁ~良く飲んだ。

今日は以前から息子が決めていたウナギを食べに行く日。
息子は娘の誕生日のプレゼントを買いに池袋。我々は吉祥寺でプレゼントを買って、待ち合わせは吉祥寺のうな鐡。
7月の土用の丑の日とは違って空いているし、うな重も安くなっている。本当は入谷鬼子母神の「のだや」に良く予定だったが休みとあって、いつものうな鐡。私は八海山を飲んでから食べる。
夜は嫁いだ娘が訪ねてきて、一日遅い誕生日祝い。久しぶりに家族全員での食事は、誕生日定番のちらし寿司に鶏のから揚げ。それにウルソンのバースディーケーキ。
なんだか居場所のないワンコのうめは、ひがんでいるのか仏壇の前の座布団に座ったまま近づいてこない。さて休みはあと一日。



5月先月の末から連休に入り、出掛ける事もなく我が家の庭の手入れ。とは言うものの、ほったらかしで冬から春を迎え、梅が咲き、ボケの花が咲き、藤が咲き、今はシャクナゲが綺麗に咲いているが、それと同時に草が伸び放題だし、特にドクダミが庭を覆い尽くす。花梨の木は昨年思いきり切って、二階まで届いていた枝を短く切り落としたが、それも又二階まで届きそうなほど伸びている。庭とは言えない家の周りの裏庭も、1年に一回ぐらいしあ見る事はないが、ひどいことになっている。思い切って外に出て手入れを始めると、カミサンも出てきて草むしり。枝を切り、普段いかない裏庭は、除草剤をたっぷりと撒く。
庭に中央にあるツクバイも見る影もない。久しぶりに水を流してみるが、それも母屋近くにある散水栓は土に埋もれている状態。ツクバイの周りの草や枯葉を取り除いて水を流す。ツクバイの中は古い雨水がたまり、中には枯葉などがどっさり。よく見ると仕事場でも見かける大きな種のようなものがたくさん入っている。狸などの獣の糞に良く含まれているから、何かの獣の糞をする場所になっていたのか?流石に手を突っ込む事も出来ず大量の水を流しながらシャベルで掬い上げる。ツクバイへ流す筒も、元々は竹で囲んであったが、それもすでに朽ちてない。少々さびしい塩ビ管から水が流れる。それでもツクバイの復活。
「お父さん喜んでるよ。やすのりが庭の手入れをしてるって。」カミサンの一言が、面倒な仕事でも報いられる言葉となった。植物好きで、たくさんの高山植物を植えて、我が家には数百種の植物があると喜んでいた母。常に綺麗にしていたい父。父の草むしりに湯気が出るほど怒っていた母と、草むしりに精を出す父との攻防が、昨日の事のように蘇ってきた。父が亡くなり母が亡くなり10年が経った。

いよいよ今日から時代劇チャンネルで「さすらいの狼」が始まった。1972年制作で全26話2クール放送された時代劇番組。制作年度から振り返ると、私が23歳の時という事になる。44年前の事だ。
主演は中村錦之助、後の萬屋錦之介さん。中村錦之助と言っても、ピンと来る人も少なくなったと思うが、やはり私世代の人間には萬屋ではなく中村の方が気持ちの良い響きである。当時三船プロで、ぺいぺいの下っ端スタッフだった私は、運良くこの番組のスタッフとして参加したことがある。当時三船プロは、大型テレビ時代劇「大忠臣蔵」の撮影が終わり、三船御大の主演テレビ時代劇「荒野の素浪人」を撮っていた。そちらのスタッフとして参加する傍ら、どういういきさつかは知らないが「さすらいの狼」の後半の回の撮影が、三船プロで行われるようになった。
当時東京の撮影所で、完全な時代劇セットを持っていたのは三船プロのスタジオとオープンセットだったと思う。三船プロ制作の番組だけではなく、各プロダクションが作る時代劇も、ここで撮影が行われていた。
憧れのスター錦之助さんの主演番組のスタッフにつけたことは、当時本当に嬉しかった。その後放送が始まった「長谷川伸シリーズ 関の弥太っぺ」の撮影にも参加したので、当時の思い出としては混同する事もあるのだが、ロケ先での幾つかの事件は忘れる事が出来ない。「さすらいの狼」では、波乃久里子さんがゲストで出られた時、山奥の撮影で、落ちていた縄を、私が蛇と間違えたことで、大騒ぎになった。錦之助さんは無類の蛇嫌いで、私が大きな声で「へび~」と叫んだ事で、床几に腰かけていた錦之助さんが飛び上がって逃げた思い出がある。私が間違えたことで、大きな迷惑をかけた。
ある時は千葉方面のロケで、今でもお蕎麦で有名な「甚平蕎麦」というところがある。ここではスタッフキャスト一堂にもりそばを食べたのだが、この蕎麦の旨い事。錦之助さんはじめ、みなお代わりをしたものだった。その夜の出来事は、信じられないほどの大事。地元の旅館の大広間に、スタッフ10数人ほどで寝たのだが、夜中になって物凄い異臭で目が覚めた。次々に皆が起きだし、その異臭の先を探したのだが、何と入ったばかりの車両部の若手がおもらし。何とも凄い臭いで、寝られないまま朝を迎える。まぁ宿に着いてから、皆かなりの量のお酒を飲んだから、当の本人は、朝までぐっすり。べっとり付いたそのものは、結婚式で使う豪華な座布団の上で、かなりの金額を弁償したと後から聞いた。そして当の本人の運転手は、翌日辞めて行った。
なんだかそんな思い出があるので、番組を見たら、他にも思い出が蘇ってくるかもしれない。たかだか2年近くしか三船プロにはお世話にならなかったが、名だたる俳優さんに出会えたのは、やはり三船プロだったからだろう。
若林豪さんが、錦之助さん演じる十文字の竜に向かって「竜ぅ~!」と叫びのが忘れられない。
