逢えるじゃないか また明日 PartⅡ -7ページ目

逢えるじゃないか また明日 PartⅡ

ボスザウルスの隠れ家から「逢えるじゃないか また明日 PartⅡ」に変更しました。yahoo!ブログの閉鎖に伴い、アメブロに移動し、合体させました。引き続き宜しくお願いします。

ただ今編集中に付きしばらくは不完全ですので宜しく。

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今から50年も前に泊まった岡崎の旅館は今はもうない。父の定宿だったが、その近くにまた定宿が出来て、そこも今はもうない。父と一緒に最後に泊まったのが、亡くなる前数年間定宿にしていたのが平安の森ホテル。体調を悪くして、帰京後入院して4か月後にこの世を去った。ちょうどこのブログを初めて一か月の事だった。
岡崎の旅館当時、まだ私が30代前半で、二人で昼飯を食べに出た。いつも通る道で気になっていた店が「瓢亭」。格式のある料亭とは知らず二人で入り、懐石料理で飛び込みだから1時間ほど待たされて、その間の飲み続け、勘定が六万円には、飛び上がるほど驚いたが、今となってみれば、父との最良の思いでの昼食でもある。

私はと言えば、安く京都に行く事だけを考えているから、安いフリープランで、その時々によりホテルが違う。それまでは、八坂神社前の祇園ホテルが全然人気のないホテルで、修学旅行生が泊まっているようなホテルだった。料金も安く立地も最高と思い、私の定宿となったが、今ではアパグループとなり、値段が跳ね上がった。
そんな中見つけたのが、私の隠れ宿。「ささりんどう」

花見小路から路地を入った先にある。写真の路地の先にあるホテルだ。
その昔はラブホテルだったと聞くが、業態変更で普通のホテルとして営業している。
今回はカミサン本位での観光旅行なのだが、是非この立地の良い場所に泊まらせたいと、フリープランは使わず通常料金で新幹線とホテルを予約。
余り感激されなかったのが残念だが、やはり立地は最高でお値段は手ごろ。慣れ親しんだホテルだから、使い勝手が良い。隠れ家だから、あまり教えたくないホテル。(笑)

次は絶対、京都は一人旅。やはり一人旅が一番。カミサン孝行などしない。(笑)

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建仁寺近くだったと思うが、どこの路地だったか判らず、今回は通らなかったが、今年5月に見つけた佐川急便。京都らしさがあって実に良いね。
今回はこのお店を探している間に、祇園界隈でクロネコヤマトのお店を2軒発見したが、こんな凝ったお店ではなかった。
うろ覚え情報で、間違っているかもしれないが、岡崎の上の方、平安の森ホテルの近辺に、昔、佐川急便の会長のお宅が有ったような気がする。(間違いならゴメン!)
もしそうであれば、京都はお膝元という事で、こうした店の作りなのかもしれない。

そういえば、清水寺近くのローソンの看板がブルーではなくブラックだった。景観を考えての事なのだろう。3年前に中尊寺に行った時、サークルKの看板が、景観を考えてブラウンだったのを思い出す。世界遺産に絡んでの配慮だそうだ。
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今朝の新聞のこの記事を読んで、移築されている「鍵屋」を見に行った。

江戸東京たてもの園は、小金井公園の中にあり、各地から移築された建物が保存され展示されている。この地は、地元中の地元で、現在小金井公園は、私の子供の頃から比べると3倍くらいの敷地になっている。子供の頃は、現在テニスコートなどが出来ている所は畑で、そこここに肥溜めがあった。それを超えるとクヌギ林があって、夏にはカブトムシやクワガタを取に来たものだ。
隣はゴルフの名門コース小金井カントリーで、当時はバラセン(鉄条網)がかろうじて境を作っていただけで、子供なら簡単に入る事ができた。

今年は桜の花見をしなかったので、9月初めにススキがないか探しに来て以来だ。
江戸東京たてもの園は、昔は武蔵野郷土館と言い、出土した土器が展示されたり、横穴住居の再現などがあるだけだったが、今では各地からの文化的価値のある建物が移築され、沢山の人が訪れるところになっている。2年ぶりに中に入った。

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今回の最大の目的は新聞に載っていた「鍵屋」
以前にも見たのだが、今回はじっくりと拝見する事にした。


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記事に載っている名士たちが訪れたと思うと感慨もひとしをである。
春は桜正宗、秋は菊正宗。かなりこだわったお店のようだ。現在は別の建物だが、名前と内装を模して、鴬谷で営業を続けているというから、一度行かねばなるまい。

久しぶりの江戸東京たてもの園では、囲炉裏に火が入り、釜戸にも火が入り、茅葺屋根から煙が立ち上り、昭和の時代を堪能できた。
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神社や寺院でご朱印を貰うのが女子の中ではブームだと聞く。確かにご朱印を貰う場所はかなりの混雑するところもあるし、書き手がいなくて既に紙に書いたものを手渡すところもある。京都は、ご朱印を沢山集めるには格好の土地である。

ご朱印帳を手に入れてご朱印を戴く様になってから何年も経ち、今回三冊目となるご朱印帳を清水寺で買った。ご朱印帳が1200円、ご朱印を戴くのに300円。
後で気が付いた事だが、清水寺で買ったご朱印帳はがっかりだった。過去のご朱印帳は上野寛永寺清水観音で買った紺色の布製の表紙のもの。二冊目は京都落柿舎で買った柿色の布製の表紙のもの。今回の清水寺で買ったのは青色の紙製の表紙で、いかにも安物に見える。カミサンの見立てで買ったから文句は言えないが残念でならない。
いろいろご朱印を貰って今回歩いたが、そこに売られているのはすべて布製であり、値段も1200円もあれば1000円のものもある。
京都寺町通りでは、ご朱印帳がいろいろたくさん並んでおり、そこで買えば良かったと、悔しい思いをした。なぜなら、まだ二冊目には空きスペースがあり、無理に清水寺で買う事は無かったからだ.

ご朱印を貰って、下手な字だとがっかりするね。

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京都には、どれほどのお寺さんがあるのだろう。観光地とされる名刹以外にも、我々
観光客が知らないお寺が数知れずある。それだけ多いのだから、坊さんも街で見かける事が多いだろうと思うのだが、さほど出会う事は無い。
祇園を歩いていても舞妓さんに出会う事がないし、先斗町あたりを歩いていても芸子さんたちに出会う事は無い。昔はそれでも行き違う事があったが、今では海外からの観光客が多い事で、あまり表通りを歩かなくなったのではないだろうか。
数年前、祇園花見小路で何かの撮影の為か、舞妓さんが現れたら、その舞妓さんを追いかけて沢山のカメラを持った人が集まり、追い掛け回すような事を見た。

今年は珍しく5月に続いての2回目の京都。
5月には先斗町歌舞練場で行われた「鴨川をどり」をはじめて見た。大勢の芸子さんの芸は、京都の伝統を感じた瞬間だった。そこにも多くの欧米の観光のお客さん。
文化度の違いを感じたのは、中国や韓国からの観光客は見に来ていなかった事。
そこで感じたのが、欧米の観光客はの目的は、日本の文化を知ろうとして観光に来ている事だろうという事。食べたりお土産を買ったりの目的の観光客ではなさそうだ。

托鉢のお二人はを見たのは、私にとって一服の清涼剤のようであった。
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京都らしさを探して歩くのは、日本らしさを探す旅歩きでもある。
50年の間に何度も京都の街を歩いてきたが、京都であっても、部分部分を切り取らないと京都らしさ日本らしさが見えてこなくなった。その地に居住していると、意外と変化に順応してしまい、その変化に気付かない事が多いけれど、年に1度や2度しか訪れない者には、その都度大きな変化を感じるものだ。

「ここが日本なのか?」と思ったのは今回が初めてである。街中には中国からの観光客がごった返し、それらの客が、当たり前のように着物レンタルを利用して着物姿で歩いている。それでも「さすが京都」と思うのは、東京の浅草あたりと違い、着付けだけはしっかりされているという事。晴れ着を着て中国語を喋る観光客には、正直がっかりする。それをまた、もの珍しいとカメラを向ける観光客の多い事。

嵯峨野の細い竹林の道にも外国人客があふれ、清水への道も同じだし、祇園花見小路でも一緒。あきれて早々に帰ってきてしまったのが伏見稲荷の千本鳥居。地元の人に話を聞くと、最近は台湾からの観光客がとても多いとの事だ。
祇園花見小路には、ガイドが付いた海外からの団体が群れを成している。ガイドの言葉を聞いていると、中国語、フランス語、ロシア語、英語、スペイン語、イタリア語と様々だ。

殆ど観光客がいない早朝の祇園花見小路は静かなもの。足早に去っていくのは仕事に向かう日本人。路地に入ると地元の方が掃き掃除をしたり打ち水をしたりと、京都らしさを見る事が出来る。早朝の井戸端会議も見る事が出来る。
路地にある祠ではロウソクを点ける人、小さなお宮に長い間両手を合わせて祈る人。
共同井戸の手押しポンプで水を汲む人。一瞬の切り取れる京都らしさだ。
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絶景のはずの清水の舞台。残念ながら改修工事中で、残念な景観。
そして今回は、急きょカメラが壊れて新しく買ったカメラの実力。清水の舞台上の観光客の姿が、このような大きさで撮れた。光学60倍の実力がこれ。
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二年坂からねねの道のすぐそばにある石塀小道。
京都の美しさを知るなら、こうした小道を歩くのが良い。観光客もほとんどおらず、興味を示すような外国人も修学旅行生もいないから、静かな小道をゆっくり歩く。

電信柱に付けられた木製の木札に書かれた「静」の文字が日本を感じる。こうした木札は、京都の閑静な場所ではよく見かけるが、この木札を見るとホッとする。
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最初に京都を歩いたのが50年前。
今回は、カミサンと二人での40年ぶりの京都。あの時も途中で喧嘩になった。そして今回も、やっぱり同じ。つくづく一人旅が良いと思う。

清水坂から清水寺の舞台を望んだが、改修中で素敵な清水の舞台は見られない。清水から高台寺、円山公園、知恩院のコースは、京都観光コースの定番。50年間に40回は来ている京都でも、必ず通りたくなるコース。50年前の思い出もある。

それにしても産寧坂も二年坂も大きく様変わりして、昔の風情がないのが寂しい。
歩いているのは外国人と修学旅行生ばかり。着物姿が流行なのか、似合わない着物姿の中国女性が目立つ。何とも似つかわしい様で似つかわしくない風景である。
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没後30年を迎えた昭和の大スター石原裕次郎。
朝日新聞出版社が7月から隔週で日活と石原プロで製作した作品をDVDで発売している。1枚1790円と言う値段はどうなんだろう?
全てに近い作品を、今まで録りだめているから、買う必要のない私だが、もし持っていないとしても、全作品買うとは思えない。当然紙ベースでの資料も本として載るのだろうが、数十冊の今まで持っている裕次郎関係本があり、今更必要はない。

単純に全作品と言う文字が躍っているから「日活」「石原プロ」と書かれているものが飛んでしまえば、「石原裕次郎全作品」と思ってしまう人も多いのではないだろうか。実は数本、この中に含まれていない作品がある。

三船さんとの共演の「風林火山」「待ち伏せ」[ある兵士の賭け」
勝新太郎さんとの共演の「人斬り」
それと「反逆の報酬」「影狩り」「影狩り・ほえろ大砲」
もう一本がイギリス映画の「素晴らしきヒコーキ野郎」

「素晴らしきヒコーキ野郎」は懸賞金の付いたロンドン~パリの飛行機レースに、各国の飛行機家が集まって、レースをする話。裕次郎さんは日本代表のヤマモト。優勝候補となるが、飛行機に細工をされて、離陸後墜落してしまうという役。
当時「グレートレース」と言う、自動車レースの映画もあったが、どちらも娯楽性のある楽しい映画だった。
そんな作品がないのがさびしい。という事で締めくくり。(笑)