僕の迂闊さを楽しみにしてる方も、もうちょっと待っててね
僕の青い流星号の一年点検の時期が来た。
熊本では僕の車のディーラーは見かけた事が無い。と言っても、元々東京でも少ないんですけど。
僕は熊本の方々を走り回っているけれど、どこにあるか知らない。あるかどうかも解らない。仕方ないので電話帳で調べる。始めからそうすれば良いだけの事なのにすぐには思いつかない辺りが僕の良いところだ。しかし見つからない。困った。困ったまま次の日になって会社に行く。すると、その日に仕事の関係で事務所を訪ねて来た人がナンとディーラーだと言うではないか。偶然とは恐ろしいものだ、というのは間違いで、実は人には起こるべき時に起こるべき事が起こるものなのだ。これをシンクロにシティと言う。僕はフロイト派ではなくてユング派なのだ。だからダウジングだってやっちゃうんだもんね。意味が解らない人、ごめんなさい。でも検索すればすぐ出てくるから安心してね。
そのディーラーは僕のマンションから車で三十分ほど走った国道沿いに存在する事が判明。まるで迷い込んだ山の中で見つけた一筋の灯りのような車屋である。ありがとう、ユング。ありがとう、シンクロニシティ。
そんなにディーラー少ないのは何かあるんじゃないかと疑ってるあなた。そうです。何を隠そう、青い流星号は左ハンドルなのでした。だからこそディーラーは東京でも少ないのです。
いやいや自慢できるようなそんな車じゃないんですけどね、ハハハいやホント。え?速い事は速いですけど。トルク?30キロくらいしか無いですけどね。いやでもそんな大した事はないですよ。いやホントホント。……って、今時左ハンドルなんか珍しくも無いのにいやらしく自慢してみました。だって誰もうらやましがってくれないんだもん!
ただ本当にいわゆる「希少車」なのが(実は中古)、自慢の理由なんですが。マニュアル六速ですよ六速。これはホントにちょっと自慢でした。今じゃ別に珍しくもないけどね。ケッ。
青い流星号の雄姿
初めての時は僕も戸惑った。六速ってシフトレバーどうなってんのよ?五速だったらバック含めて六本のスリットがあれば足りるけど六速じゃバックできないじゃん!とか思ったあなた。僕と同じ間違いを犯してますね?マニュアル六速でもただ単純にもう一本スリット入れればいいだけなんですよ(そんな事は誰でも解る。僕以外は)
点検に出すと少なくとも二、三日は戻って来ないだろうからその前にひとっ走りして来ようっと。ツレは東京の実家にボーズを連れて帰っているので僕はお気楽に一人ドライブに出かけたのだった。熊本市内を抜けて阿蘇の山へ。春を迎える直前の山は今にも命が噴き出しそうな力強さを湛えている(ような気がする)。風はまだ冷たいけれど屋根を開けて、僕はその命の前兆を身体いっぱいに受け止める(つもり)。
実は青い流星号は屋根も開くのだ。しかも電動で。そしてひとりニヒルにドライブしている今も屋根は開いているのだった。
でもその後、前に割り込まれたダンプの排気ガスが室内に充満。そのお蔭で僕の気分はニヒルからアンニュイへとシフトダウンしたのでした。
ここで屋根を閉じて電動ルーフの威力を前の爆走一番星野郎に見せ付けてやってもいいのだけれど、そんな事をしたらダンプの運転手は罪悪感から車を停めて僕に土下座してしまうかも知れない。勢い余って運転手の仕事を辞めてしまうかも知れない。そんな、車の屋根ごときで他人の人生を左右してしまうのはイヤだ。だから電動ルーフはこのまま閉めずに許してやることにする。なんと心の広い僕。感謝なんかしなくて良いから早く立ち去って欲しい。
あ、それからついでに聞いときますけど、電動って言うと何故かいやらしい気分になっちゃうのは僕だけでしょうか?僕だけですか、そうですか。
点検に出すのは明日。ディーラーには「乗って行きます」と伝えてあるので、阿蘇にある有名な温泉に浸かってから、自宅マンションの駐車場に戻って来て車庫入れの為にバックしようとしてクラッチを踏み込んだその時!
どすんという感触と共にクラッチは床に貼りついたまま、戻ってこなくなってしまった。まるでそうなるように始めから設計されているかのように動かない。
どうしたんだよおい。これじゃクラッチ繋げないよ。バックできないじゃん。バックって聞いてもなんだかいやらしい気分になっちゃうのは僕だけでしょうか。これも僕だけですか、そうですか。 いやいやそんな事言ってる場合じゃない。バックだけじゃないぞ。前進だって出来ない。どうしたクラッチ。行っちまったのか。帰っては来ないのか。行ったきり帰って来ないのは酷いぞ。ターミネーターだってロッキーだって海賊だってウルルンだって帰って来るのに、おまえだけ帰って来ないってのはどういう事だ。
そう言えば竹内結子も出てたんだよなぁウルルン。かーいかったなぁ。もうお母さんだもんなぁ。離婚したんだよなぁ。俺にもチャンス回ってこないかなぁ。って、そんな事妄想してる場合じゃないだろ!
運転席の下に潜り込んでクラッチを手で引っ張ってみる。動かない。力を入れて引っ張ってみる。動かない。もっと力を入れて引っ張ってみる。やっぱり動かない。クラッチは戻っては来ない。竹内結子が中村獅童の元へは決して戻らなかったように。
僕の元に戻ってくる青い服のボーズ
(少し成長した後の写真です)
マンションの管理人のおじさんが不思議そうに僕を見ている。やばい。かっこいい車に潜り込んでるかっこ悪い男に見えてしまう。しかも履いているのは本革のパンツだ。この車に乗る為に無理してバーゲンで手に入れたのに、カッコつけてるのが却ってカッコ悪く見える。外車に乗って革パンでカッコつけたのに、それを見てくれたのはマンションの管理人と温泉にいた爺さんだけだった。無意味なりきみ。これほど哀しい事は無い。
しかもこの車は高そうに見えたけど実は古くて安い中古車だってバレちゃ、じゃなかった、思われちゃう。
でも、それでもやっぱりクラッチは戻って来なかった。
……逝っちまった。お前は逝っちまったんだな。諦めるよ、潔く。春になる前に散っちまうなんて、お前は何て気の早い野郎なんだ。馬鹿だよ、お前。
僕は寂しげに微笑んでから、青い流星号に向かって弔いの花束を投げた(ウソ)。
って、おいおい諦めてどうする。
しかしホントにどうするよこれ。
不幸中の幸いで、僕の青い流星号は僕の駐車エリアの前で壊れた。だから真っ直ぐに押せばそのままエリアに収まる。幸か不幸かクラッチは切れたままだ。いや不幸なんですけどね、どちらかと言えば。いやいや、そうじゃないだろ、はっきりと不幸だろ!
僕は車を降りてボンネットを押した。
「ん``っ!」
動かない。
「う``っ!」
動かない。
「う``う``っ!」
やっぱり動かない。
「ふんがーっ!!(フランケンBY藤子不二雄…・・・古過ぎ)」
青い流星号は面倒くさそうに、ゆるゆると動き出した。
1.6トンという重さは僕の腕から肩、背中、腰、太もも、ふくらはぎ、両足首の筋肉を力いっぱい総動員させ、エネルギーを吐き出す事でやっとこさゆるゆると動き出したのだった。
僕は昔、まだ免許を取り立ての頃、同じ経験をしたことがある。当時乗っていたスカイラインのエンジンが突然止まってしまったのだった。しかも家まであとわずか一キロ程度なのに。その時も車を押した。その時の車も、1.6トンだった。だからどうだと言われても困りますが。
車を駐車スペースに押し込むと僕は急いでディーラーに電話。点検前だってのが不幸中の幸い。車を取りに来て貰って、なんとか事なきを得た。いや待て待て、事はあったじゃないの。壊れたんだから。今から修理代が心配な気の小さな僕。
しかしその後、更なる試練が!
次回、僕と青い流星号に赤い悲劇が訪れることに!