居酒屋などで「てっぺん頂」「有頂天」などの名前のお店があるようです。
天辺頂(てっぺんちょう)という言葉は普段はあまり使いません。
この言葉は今、天にも届いたような、嬉しさが充満して天まで到達した、今が絶頂の雰囲気だ、という様な意味合いの言葉なのでしょう。
しかし逆に必ず奈落の底に落ちる時が来る、という意味が付きまとっているようです。
同じような意味合いの言葉に有頂天という言葉があります。普通は喜びで夢中になって我を忘れる事です。
元来は仏教用語で、仏教の世界観の一つであり、天上界における最高の位、天に届いた状態をいうのでしょう。
法悦という言葉のようでもあります。
法悦とは仏の教えを聞き、それを信じることによって心に喜びが湧き、感極まる状態になる事です。
人間として生まれたからには、この法悦の心境をあじわいたいものです。
果たして、どの様な心境になるのでしょうか。7年位前に法悦のような心境になったことがありました。
『法悦の瞬間(妙安寺)にて 真新しい寺の須弥壇に安置されている阿弥陀如来の前で、ご住職と同朋で真心をこめ正信偈をおあげしました。
お経を読み終わると嬉しさが乗じて涙があふれ出てきました。
今までの自分の過去の縁の究極として佛に初めて出逢えた喜びが湧き出てきたのです。
佛に見守られている実感、勿体無い、有り難い、縁の不思議さ。
佛を求める強欲の絆の喜び。
佛と自分を切り離すことのできない結びつきが今ここに現れた。
佛と自分の間に電波が流れ小さな光がピカピカと輝き、決して他を寄せ付けない、この世ではない佛と自分との浄土が今ここに現れた。
今までには求めても現れた事のなかった喜び、一生消え去ることのない法悦の縁に出逢えた。
生きていて求め続けた真の幸せの喜びに、唯々涙こぼれる。
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏




