昨日はどれ程の命ある生きものの命を奪ったのだろうか。
ご飯一粒一粒、たらこが入っている、おにぎり、二つ、それだけで何千、もしかすると二つの、おにぎりだけで一万もの命を奪っているかも知れないのです。
豚箱行きの殺生罪で死刑犯、疑いなしの大悪人です。
にも拘わらず謝ろうともしないで罪の意識もないとは更に重罪人なのです。
そのような重罪人であることは間違いない真実なのです。
その真実を本能や宿業だとして誤魔化して生きているのが人間です。
親鸞の言葉「いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし」煩悩に満ちた私は、どんな修行もやりとげる事が出来ない人間ですから、到底、救われるはずがなく、地獄に落ちることは間違いないものと覚悟しているのです、と門弟たちに諭すのです。
この世での地獄を覚悟せよ、と言うのです。
地獄は死んでからのものではなく、現に生きているこの世が地獄であるにも拘わらず、あなた方はそうとは知らないで生きている。
だから苦しむのです、と言っているようです。
故に、わたしは風呂に入って、「己とは罪多き悪人なり、煩悩だらけの凡夫なり」を始めに述べてから歎異抄の冒頭の言葉とを声を出し、そして念仏を称名するのです。



